慟哭の痕 第六話
「だからどうしたって言うんですか?」
自分の中にある渦巻くものをすぐに理解出来ていた。出来ていたからこそ堪えていたが、ついに愛想笑いだけでは受け流すことが出来なくなり声を荒げてしまった。
食器を持っていなかった左手でテーブルを叩くと大きな音が出た。金属製なので余計に聞き慣れないような音を上げてしまった。
店内の歌が静まり、視線が俺と髭面の男に集まった。皆表情を無くし、興が冷めることに苛立つような冷たい視線をこちらに投げかけている。
「あ、いや、すまねぇ」と髭すらの男は両手を前に出して謝ってきた。
俺は戦争と止めようとした。あちこちがそれぞれの形で戦争に利用しようとしていた黄金を全て奪い取ることで止められると思っていた。
黄金はどこにとっても必要な資源であり、取り合いをしている内は戦いも激しくはならないと思っていた。
だが、あったのは山一つでは済まされないほどの硝石。そのせいで北公は戦線を拡大した。
硝石硝石硝石、口を開けば硝石と。俺は何のために行動していたというのだ。俺が戦争を押し広げたとでも言いたいのか。
俺はそれからも何も出来ず、負傷した兵士たちを運んできては治療や看取るだけしかできていない。あんたの客もほとんど俺が治してるんだ。
俺が広げた戦争で、俺が怪我を治して、あんたのところに客を産んでるんだ。
ああ、そうだとも。俺一人の意味の無いマッチポンプだ。
堰を切ったように様々な言葉が頭に浮かんだ。だが、浮かんできた言葉をぶちまけずに全て飲み込んだ。
鼻から息がふーふーと勢いよく出ている。髭面の男の申し訳なさそうな顔を見て堪えた。
言葉を飲み込むために唇を噛みしめたので、口の中に鉄の味が広がった。
「お、落ち着いてくれよ。お前さん、こないだよりも元気が無さそうで見てらんなかったんだよ。聞いた話だが、お前さんそこまで根暗じゃねぇんだろ?」
男は視線だけを動かして店内の様子を窺ったあと、右掌で口元を隠すようにしながら首を前に出し、顔を近づけてきた。
「おれぁ、お前さんが元気なとこなんか見たこたねぇが、なんだ、もうちょっと、あぁ、なんだ、こう、明るいんだろ? な?」
そう言いながら、両手をはやし立てるように動かした。
「放っといてください」
少しずつ熱が冷めていき、息も落ち着いてきた。今になって噛みちぎった唇が痛くなってきた。
慰めてくれているにもかかわらず俺は冷たく突き放すような反応をしてしまった。
それにも胸がますます締め付けられた。
「すいません」
ああ、やっちまった。謝ってはみたものの、自分の中には後悔しか残らない。
元気づけようとしてくれた人に取って良い態度では無い。
左肘をテーブルに突き、掌で顔を二、三度擦った。左腕はひんやりとしていて、怒鳴ったことでほんの少し火照った額を冷やしてくれた。
髭面の男は背筋を伸ばした。そして、どうしたら良いのか分からないように、ううむと唸った。
そこへ、女将が再びテーブルの傍まで寄ってきたのだ。髭面の男の肩に手を置くと、目をつぶり首を左右に小さく振った。




