慟哭の痕 第三話
「ヤベェ魔物まがいどころか、北公に慢性的に足りなかった硝石を見つけてきてくれた英雄らしいじゃねぇか」
俺は英雄などではない。
ただ、黄金とか言う前時代的資産に目がくらんだヤツらを騙す為に動いていたら、たまたま硝石が見つかっただけだ。
カルルさんやムーバリのように、最初から目的として動いていたわけではない。
英雄というなら、ムーバリがそうだ。そう呼ばれて、もてはやされて、スパイのくせに目立っちまえばいい。
先ほど女将が言ったように察してくれと「そうですか」と素っ気ない返事だけをした。
そのとき、麻の長袖のシャツの腕がまくれた。
左手はマジネリンプロテーゼを隠す為に手袋をしていたが、手首と袖口から僅かに金属の腕が覗いた。
髭面の男はそれを見ると目を見開いて顎を突き出してきた
「おや、おめぇさん、左腕どうしたんだい? 随分立派になっちまったじゃねぇか」
「怪我したんですよ。ちょっとした――、あぁ、まぁ、ちょっとした大怪我です」
ありもしない左腕に意識が行くと幻肢痛が出始める。パスタを食べていたフォークをテーブルに置いて、左腕を摩った。
そこにあるのは痛みだけで、触れている右手の感覚は無い。思った通りに動かせる腕でも感覚がないというのを意識してしまうと、脳は腕がまだそこにあるような誤解をするのだ。
男はマジネリンプロテーゼを見ると、顔をほころばせた。
「さっきから聞こえるからなんだと思ってたぜ。左腕全体だろ。おれぁ音だけで分かるんだぜ。
マジネリンプロテーゼってのは、関節を外転させるときにバネの音を出すんだ。指の関節とはまた違う小さい音だ。
小さすぎて誰も聞こえねぇらしいが、おれにゃ耳元で騒いでるみたいに聞こえるぜ。お前さんからは、その音が肘の関節一カ所じゃなくて、肩の方にもあるのが聞こえてた」
そして、饒舌にしゃべり始めると鼻を親指で擦ると笑顔を浮かべた。
「へへっ、何せ、マジネリンプロテーゼもときどき作ってるからな。
おれのぁ精巧なモンで評判で、他より結構高く売れるんだぜ。仕事に手ェ抜いちゃいけねぇ。
しかし、いったいどんな大怪我したってんだ。マジネリンプロテーゼは戦地じゃ珍しくねぇが、こんな街中じゃ珍しいぞ? 上腕まで全部ともなると全く見ねぇ。
しかもその大きさで武器内蔵無しってな。今は時期が時期だからほとんど武器付きばかりだぜ。
ナイフだ、銃だ、魔法だ。物騒なだけのモン付けて無駄に重くしてやがるのは、おれぁ気に入らねぇな。
あとひと月も経ちゃあ、我らが閣下が勝って戦争なんざ終わらせちまうに決まってる。
そんなモン終わっちまえば何になるんだよなぁ? 猟銃にでもすんのかよな」
髭面の男は口をへの字に曲げてあごひげを弄った。俺が何かを言うのを待っているようだった。これを付けるに至った経緯でも軽く話せばいいだろうか。
髭面の男の顔を見て、話をしようと口をわずかに開けて息を吸い込んだ。
しかし、胸は空気で膨らんだままで止まり、そして開け放していた口から少しずつ空気を吐き出していた。
あまり話したくは無い。話せないのではなく、思い出したくないのだ。




