巨塔嗤う 第八話
現在ユニオンで行われている難民政策において、難民は二つの選択肢を迫られる。
一方はユニオンに籍を置き、税はユニオン国民同様に納め、ユニオン国民としてユニオンの国益を守り進めるという宣誓をするか、もう一つは共和国へ帰還ないし送還されるかを選ばなければいけないと聞く。
ユニオン残留を選んだ場合は国益保護法という事実上の難民統制法が適用され職や行動の自由は狭められる。
だが、問題を起こさず、定職に就き、税を納めれば、生活はある程度保証される。
行動範囲や居住地の制限についての期限は設定されていないが無期とは言われておらず、それどころか模範的でありさえすれば解除される。
共和国送還を選べば直ちに船による送還が行われ、到着後は共和国の管轄に全てが委ねられている。元はエルフであるため、彼らは自由な共和国市民になる。
市民として宣誓をする必要はないが、生活の保障もない。与えられるもしくは復帰されるのは共和国籍だけだ。
寛容な身内でもいなければゼロの極貧となるというのは、帰国ではなく自らの意思で来た移民と変わらない。
難民政策としてはユニオンの方がまだ寛容ではあるが、共和国は共和国で身内の捜索事業も行っている。
問題があるとすれば、身内の捜索は共和国内に入ってからしか出来ないという点だろう。
不確定な事が多いので、どちらにも首を縦に振りたくない者が少なからずいる。
ユニオンの甘いところはその者たちにすら支援をしていた。それは安価な労働者として使役する為だけかもしれない。
だが、亡命政府はマルタンの占拠と政府状態を維持するのが精一杯であり、選択拒否者への支援も含めた難民問題への対策継続にまで手が伸びなかった。
その結果、不満を持つ者が増え、そこへ皇帝の話によりテロリストへと変貌した。
「私ら共和国は、難民問題に関しては現地の事柄は現地での対応をということでその件については何も言わないままだ。
これじゃユニオンの善意に集る蛭だな。アホウドリと協調路線で行くのであらば、私らも動かなきゃなぁ」
「これまで難民エルフによる犯罪は目立ったものが無かったが、テロなど起こしてしまってはいくら寛容なユニオン人であろうとも意識は変わるだろうな。残留よりも帰還させよという世論が強くなるだろう」
「そうだなぁ。不法占拠するエルフたちを排除せよという世論がユニオンに広まれば、マルタンの亡命政府解体も早まる。
欠点があるとすれば、それではエルフそのものへの排除の世論がユニオン内部で広がる。
だが、現時点で起きているテロが過激化すればユニオン市民の目はそちらに向き、一部の過激な思想を持つ者たちであると私たちが働きかけ強く印象づければ、ユニオン市民たちも無意識で区別をするようになり、その責任を亡命政府へと転嫁できる」
「何やら危なっかしい物言いをするな。ところでしかし、その末裔は本物なのかね? 焦りの末に立てた偽物ではないのか?」
「白々しい言い方するな。お誂え向きのがいるじゃねぇかよ」
私は顎を動かして、書類を読めと促した。
マゼルソンは書類のページをめくり数行読むと、身体をピクリと浮かせて動きが止まった。
喜びに身がよだつように肩を僅かに上げ、口を開けた。そして、「これはなんと!」と驚きの声を上げた。
「素晴らしい。素晴らしいではないか! やはり私は黄金時代の目撃者になるのだな。我がマゼルソン一族は二度も黄金時代に治政を任されるとは何たる栄誉か」
マゼルソンは声の高い早口でそう言った。まるで少年のようだ。
だが、これで前進させられる。やはり皇帝の前向きな話題はこの爺さんを操るにはもってこいだった。
「あんたにはそうかもなぁ。で、国内メディアへの対応はどうするつもりだ、帝政原理思想の大先生?」




