シロークは妻に懊悩する 第九話
なぜ連盟政府が出しているポスターのエルフは醜悪な見た目をしているのか。エルフは人間と戦争をしている種族だ。何年もの間戦争を行えるほどに技術レベルも変わらないはずだ。
それなのにどうしてまるで文化も文明も持たないような、それらそのものの存在自体を否定するような見た目にしてしまうのか。それとも、もしかしたらシロークはエルフだというのはオージーの思い込みなのではないだろうか。ポスターのエルフと同じとはまだ信じられない。
俺ははっとした。
そうだ。これは”戦争”なのだ。オージーの言葉で気が付いた。連盟政府のプロパガンダによる印象操作だと仮定すると話がつながる。
ストスリアが平和なように、争いが目の前になければ知ることは少ない。戦場に出るのは兵士だけで、実際に敵を目の当たりにするのも兵士だけ。戦闘に参加しない市民は敵の姿を直接見ることはまずない。ましてやこの世界には映像記録もネットもない。見るためには直接戦場へ行くしかない。
それゆえに、市井にもたらされる情報は政府に都合がいいものだけになる。その一つが、戦意高揚のため敵は自分たちのコンプレックスを押し付けたように醜い姿と伝えられることだ。
一般市民でも目の当たりにすることが多く、醜い容姿をしている身近なものといえば魔物で、連盟政府はプロパガンダを用いて人間に害成す者すべて―――敵であるエルフも―――を魔物と呼ぶように誘導した。もともと市民は身近にいる自分たちに害成すものを”魔物”と呼んでいたのも相まって、すぐに浸透しただろう。結果的に市民の中ではエルフも魔物のひとくくりとなったのだ。
理解した瞬間、頭が重くなった。無知で何も知ろうとしなかった俺はどこの国と戦争をしているのかすら知らなかったのだ。いまさらながら無知な自分を恥じた。
ほかの勇者たちはどこまで知っているのか。そして女神はなぜ言わなかったのか。
今度は様々な疑問が頭の中を駆け巡った。
こんがらがる頭に向けて、オージーはさらに言い続けた。
「どう見ても人間と変わらないじゃないか! ボクは戦争中の敵の姿を間近で見たことがない! 気が付かなかったんだ! それに……」
走り続けてあがった息の中でつばを飲み込み、一呼吸置いた後に言った。
「彼には家族がいる!」
家族ができたばかりのオージーにとっては最も関心のあることなのだろう。家族を思うがゆえに、家族を持つ者の気持ちが強くわかってしまうのだろう。
それにしても、シロークは意外と馬鹿なのではないだろうか? 確かに家族思いのオージーは優しく信頼に足る男だ。しかし、よくここまでもべらべらと話せてしまえる。
いや、もしかしたらオージーの頭がいいのもあるのかもしれない。ただ話しているだけで気づいてしまったのだろう。
しかし、これはチャンスかもしれない。
敵軍の最高責任者が敵地で暴れるというのは侵略行為だ。そして、カミュはかつて仲間に賢者がいて、名前はユリナだと言っていた。背後から追いかけてくるユリナは、瞳孔が開いて血走っていて理性もなさそうだが賢者ということになる。
しかし、そうであるはずが強烈な魔法をぶっ放す気配が全くない。本気でブッ殺すつもりならそのほうが早いはず。つまり、狂ったように暴れていながらも侵略の意思を示してはいけないと、冷静に目立つのを避けているはずだ。
実際に素早い動きで物理的に殴ってくることしかしてこない。それが証拠だ。
ならば、もしここで俺が爆発的な大規模魔法を唱えて目立ちさえすれば戦争に話を持っていける。それに、かつてとは違いコントロールが効く。威力は無くても無駄に音と光を出して派手に爆発させることは可能だ。
逃げ回っていても埒が明かない。それで脅しをかけるしかない。
「オージー、君はこのまま逃げろ! 逃げながら俺の杖に物理強化!すぐに!」
そういうと立ち止まり、踵を返すと俺はユリナに立ち向かった。クソ馬鹿力で殴りに来るに違いない。杖を横にして持ちなおした。
「腹ァくくったか! インポ野郎ォ!!」
その瞬間に50メートルほどの距離を無視する速さで間合いに踏み込んできた。まだ俺に強化魔法はかかっていない。目の前に来たときにはすでに杖は天高く掲げられ、それも刹那に振り下ろされていた。同時に手に強烈なしびれが走り、雷のような打撃音が響き渡ると火花が散った。
オージーのサポートがぎりぎり間に合った! 遅かったのは、俺の手足にも強化をかけたからのようだ。もしそれをしていなかったら、自分の足元の地面がへこむほどの一撃は受けきれなかっただろう。
チリチリと音がして、ユリナの杖は止まっている。しかし、やはり力では押されてしまう。小刻みに震えながらゆっくりと顔の前に杖が近づいてくる。俺は精一杯の不敵な笑みを浮かべて言った。
「敵軍の最高責任者が攻めてきたって連盟政府にチクれば即効で戦争が起きるよなぁ……。休戦状態から一気に攻め込む機運が高まる。俺たちはそれを最前線で止めた英雄になれる。だが、あんたはそっちの意向無視して勝手に突っ込んだって言われて、クーデターみたいな扱いになる。だから魔法抑えて戦ってんのはそれ気にしてんだろ?」
「ぁんだよ? なんもできねぇ癖にピーコラ言うんじゃねぇぞ!? イカ臭メイジはすっこんでろや!」
「あんたがぶっ放さなくても、俺がぶっ放して人目を集めりゃいいつってんだよ!」
ユリナの視線が鋭く睨みつけた。
「……テメェ、賢者か?」
頷く余裕はないので、睨み返して答えた。
「なぁ、話し合おう」
するとユリナはチッと舌打ちをして力を抜いた。すると目の前から杖が離れていった。
辺りは砂ぼこりにまみれていて、その中で仲間たちが力なくへたり込んでいる。
そこへシロークが駆け寄ってきた。
「リ、リナ、よしてくれ! こ、この人たちは悪い人では」
「ああ!? っせーんだよ! テメェはエルフの癖にナニこいつら人間とよろしくやってんだ!? あ!? プライドの欠片もねーのか!? クズーク! つか、そもそも迷子とかふざけんなよ!? ケツに目ン玉ついてなければなるわけねーだろーが! フツーは! クソと一緒にどっかに置いてきたのか!?」
彼の言葉を最後まで聞くことなく、襟首をつかみ上げ彼の顔に唾を飛ばしまくっている。ひとしきり言った後投げ捨てると、また大声を上げた。
「オイ! イズミとか言ったな!? ちょっと来い! 話付けんぞ! あと、話わかるやつ! チビ商と白ゴリ! テメェらもだ! 残りのメガネと赤いのと青いのはその辺で草でも食ってろ!」
これが元賢者ユリナか。軍を仕切れるほどのすさまじい強さだ。
しかし、なんか、思ってたんと違う……。シロツメクサの花冠……、ホントに?
それにしても、シバサキ、あんた本当に見境ないんだな……。
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