勇者(45)とその仲間 第四話
「あんたさぁ、人が夏季休暇消化してんのに何やらかしてんのよ!?出先から直接来たんだからね!?」
いつもの暗闇からサンダルの足音がどすどすとそれに続いてガラガラ音が近づいてくる。
またここか。いつ来たのだろう。今度は何をしでかして女神をキレさせたのだろう、俺は。
明るいところに来た女神の格好はプルメリア柄のTシャツに青いフレアスカートに女優帽、長い髪は三つ編みにして右肩から前におろしている。リモアのトランクは年季が入っていて、はがれかけのシールがたくさん貼ってある。南国気分満喫を不本意な形で延長している格好だ。それは大変申し訳ないことをした。何のことかは知らないが。
「あ、あのぉ、女神さま」
今回は縛られておらず轡もされていないのでおそるおそる話しかけてみた。
すると不意を突かれたのか目を見開き驚いた表情の後、すぐに元の鋭い目つきの戻り「ぁによ?」と言いフレアスカートのポケットから煙草をだし吸い始めた。
「できれば不在の日とかは先にお伝え願えませんでしょうか?今回は不測の事態で申し訳ないのですが、
今後ご迷惑にならないようにと思いまして」
「えっ、伝えてあるはずだけど。確かどっかに所属してたよね?そこのリーダーに連絡が言ってるはずよ。お告げみたいな感じで。うちの35班だっけ?わかんないか。これはあたしらのあんたたちの呼び方ね。リーダーだれだっけ?」
「シバサキさんです。最近勇者になった人」
その名前を聞いた途端、女神はピクッと肩を揺らしタバコを吸う手が止まった。
「あぁ、シバサキくんかぁー。彼ねー、、、まぁちょっとね。あんた大変ね」
眉毛をへの字に曲げてばつが悪そうにしている。タバコを咥え前髪のあたりをかきむしっている。
「で、なに?シバサキの指示で橋壊しちゃったの? それとも自分でやったの?」
「橋? ああ、あの橋を落とした件ですか? 俺はなんもしてません。奇抜な作戦だ、とか言い始めてシバサキさん自身でつり橋のロープ切り出し始めて結局落としてました」
「……くぁ、相変わらずか」
めいっぱいタバコを吸い顔を上に向けため息を天に返すように煙をすべて吐き出している。
そして、いつかと同じように暗闇に手を突っ込み椅子を引き出し腰かけた。今回はキャスター付きの背もたれのある椅子だ。その背もたれに腕を置いた。
「あたしさ、今の部署で23年目で人間的には長いけど女神業界ではまだまだペーペーなのよ。で入りたての頃だから、20年くらい前かしらね。当時はまだ初めて三年くらいのときであの子でいろいろあったの。付き合い短いだろうけど、なんとなく言いたいことわかるでしょ? この話は今度でいいか。それでキミさ、申し訳ないんだけどもう少しシバサキたちと一緒にいてくれない? 不愉快で仕方ないと思うけど。橋の件はあんたじゃないのわかったし、あたしのほうで何とかしとくからさ。こう見えても一応超自然的な存在なんだし任しといて。でも、たっちゃった噂はどうしようもないかなぁ。ごめんね」
怒られていたはずなのに女神に面目ない表情をして謝罪を受けた。
なぜだろう。とても申し訳ないことをした気分だ。ただでさえ休暇返上で職場?に来させて、部下のフォローまでさせてそのうえに嫌なことまで思い出させてしまった。
「ごめんなさい。休みまで返上させて」
「なに、大丈夫よ。休暇も後一日だったし、もともと早めに帰る予定だったのよ。休みすぎて仕事が心配になっちゃってね。あんた意外と素直じゃない。最初からそうしていればよかったのに」
髪の毛をくしゃくしゃと撫でられた。腕に香水をつけているのかフローラル系のいい匂いがした。免税店の袋をガサガサと漁りだし長方形の大きめの箱を取り出した。
「チョコ食べる? マカダミヤの定番のやつ」
というと見たことのある楕円形のチョコを渡してきた。女神もハワイに行くのか。
口に放り込むとずっと昔に食べたことのある甘さが広がった。
「あんた、めずらしいわね。こんな風に話しかけてくるなんて。昔はよくみんな手を合わせて毎日報告してたんだけどね。この15年くらい誰もやらなくなったわね。監督システムも進歩したから指示だけ伝えればよくなっちゃったし。便利っちゃ便利だけど、みんなはいはいくらいしか言わなくなったから面白くないなぁ。あんたは返事すらしなかったけどね、ふふふ」
笑いながら言いつつも何かを懐かしむような表情をしている。どこかさみしそうだ。
「もう一つ、すいません。いいですか?」
「んー、なーにー?」
「名前はなんていうんですか?俺まだ聞いてないです」
文献調べろ、ボケカスと頭をぺしっと叩かれたあと意識がなくなった。