囚われに羊飼いは西へ 第七話
イズミさんやモギレフスキー家について言及したのは、ここにサインをすれば彼らもグルヴェイグ指令に利用されても構わないと言うことを私が認めたとするためだ。
つまり、シグルズ指令にさえも彼らに承諾させたという事でもあるのだ。
彼らをそのような指令如きで縛ることは出来ない。イズミさんはビビって私に動揺する姿を晒すクセに完全無視するし、モギレフスキー一家は理解ある家族のフリして家族全員で気にもかけない。
活路を見いだそうと奔走していた私がまるで馬鹿みたいではないか。
サインをしようとも意味が無いに等しい。
彼らを商会のやろうとしていることに巻き込むことよりも、もっと危惧するべき事があるのだ。
ここから脱出する為だけに今この場ではサインを書くだけ書いて、出てしまえばあとは以前のように自由放任と言うことは無い。行動に制限が付けられ、監視もされるのは間違いない。
その場凌ぎの為だけに、サインなど出来るわけもない。
「残念ですが、私はここにサインは出来ません。その指令は単なる覇権獲得阻止だけでは済まされない事態を引き起こします」
「では、それは一体、どのような事態でしょうか?」
「人類圏の混乱です。数年前、グルヴェイグ指令の内容に一度目を通しましたが、実行されるのは関係のある国家のみ、つまり人間側の国家のみで行われるというものでしたね。それは大変危険です。
では、やるのなら人間・エルフ共有圏全体でやれば良い、と言うのも間違いです。おそらく最初に影響が出るのは新興国です。
それも本来の標的であるはずのユニオンではありません。軍事力がどれほど強かろうとも、経済的体力が未熟な北公と……、そのブルゼイ族の新国家でしょう」
「あなたは幽閉されていたのでご存じないでしょうが、北公とルスラニア王国は北部辺境社会共同体を形成しました。
ルスラニア王国は北公の経済システムを模倣しています。
北公が我々商会を追い出した理由はご存じのはず。彼らの今後の行く末を考慮すればあまり影響はないでしょう」
「何も分かっていない。それにより発生した不信が共和国の付け入る隙になると言うことを。
グルヴェイグ指令を実行して目前のユニオンによる覇権獲得を妨害するよりも、むしろユニオンによってこれから行われる事業については目をつぶり、そのさら先にある協会に覇権をとらせてしまうほうがいいと考えます」
「これは、驚きました」
ラビノビッツは身体を起こし、口を丸くして驚いたような素振りを見せた。それはとてもわざとらしく、感情表現の薄いこの男がすると芝居がかっていて、まるで馬鹿にしているように私の目には映った。
「レア氏、あなたは協会による覇権獲得までお気づきでしたか」




