囚われに羊飼いは西へ 第六話
「グルヴェイグ指令はどの段階に入りましたか?」
「行商隊代表者、領地商代表者、統計管理・魔術研究部門代表者、ヴァーリの使徒、イーシュ・ケリヨート、そして、あなたの兄上であられるイサク・ベッテルハイム商会長を含めた全ての部門長の発令への署名は済んでいます。準備は整っています」
「そうですか」と短く答えた。何かを言えば何とかなるというわけでもない。
こちらも非常にまずいことになっているようだ。半年も経っていれば、まずくならない方がおかしい。
ラビノビッツは私がグルヴェイグ指令に対して否定的な立場であることも知っているはずだ。
しかし、あえて私にとっても肯定的な事業が進んでいるような言い方をするのは、私は商会の一商人でしかないと押しつぶすつもりがあるのだろう。
ここで声を荒げても意味が無い。ラビノビッツに何を言っても無駄だ。
ラビノビッツは机に肘をついて身体を前に出した。両腕を机に置き、掌を合わせた。
「しかし、問題があります。
前回のシグルズ指令よりも大がかりとなるグルヴェイグ指令には、大がかりな分、多くの人員が必要なのです。
そして、その人員をスピード感を持って移動させることが大事なので、移動魔法はとても重要です」
そういうと、諭すように両手を開き二、三度揺らし、
「ベッテルハイム氏、移動魔法を道具無しで使えるあなたを拘束し続けるのはマンパワーの飼い殺し。
そして何より、創業者一族とあろう者を拘束しなければいけないというのは我々の精神的負担が大きいのです。
我々はあなたの失敗や任務拡大解釈をこれまで大目に見てきました。
まず、“発動―作用中間理論”や“金属を含めた物質の既成概念を無視した錬成方法の確立”の論文の恒久的抹消の失敗は、商売の根底を揺るがす致命的なものでした。
しかし、それは協力者だったはずの連盟政府による強奪未遂が起きたからとしています。
そして、もう一つ。あなたはイズミ氏やモギレフスキー氏の死を商会には偽装しました。
シグルズ指令と商会のルールの隙間をかいくぐることで正当化されたその行いは、現在商会にとって例外と言うことになってしまい非常に痛手となっています。
ですが、それはあのお二人をあなた自身の手駒として使う為に生かしたものだというのは十二分に理解しております」
と言って首を僅かに傾けて微笑みかけてきた。そして、ボードの中にあった紙を指さした。
そこには下線だけが書き込まれた空白がある。
「ここにグルヴェイグ指令に同意したというサインを書けと言うことですね」
ラビノビッツは「はい」とゆっくりと言いながら、一度だけ深く頷いた。




