表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

129/1860

シロークは妻に懊悩する 第八話

「どういうことですか!?」


 レアがカミュの声に驚き、幌から身を乗り出した。そして、半ば強引に双眼鏡を取り、のぞき込んだ。


「まさか、どうしてここに!?」

「ああ、リナ……、元気そうだな……。よかった」

「シロークさん! リナさん、リナさんの名前はユリナですか!?」


 レアは、妻の元気な姿を見てほっこりしているシロークの襟につかみかかり思い切り揺らしながら問いただした。


「あ? あ、ああ? なんだ? なんだ? どうしたんだ? そうだが? 私と結婚する前の名前はユリナ・イクルミ・ヴルムタールだ。リナと言う名前を呼ぶのは私だけだぞ。私たちは『ユ』の発音がにが、ああ? あああ? ああ?」

「のろけは結構です! 意味が、わかりません……! なぜ!? いるはずがない!」


 レアは頭を抱えだした。馬車を近づけて止まるとカミュが飛び出していった。


「ユリナ! ユリナー! お久しぶりです! 私です!カミーユです!」


 イクルミ・ユリナと言うのは話に聞いたことがある。俺がシバサキチームに入る前にいた賢者の女の子だ。カミュの話では、シバサキに別荘に来いと執拗に勧誘されて気持ち悪がっていたと言っていた。そして、シバサキの話では告白したら行方不明になったと言っていた。

 つまり、例の『辞めちゃった子』で、俺の先輩なわけだ。

 カミュは相談を受ける程に仲が良かったのだろう。駆け寄る彼女もうれしそうに手を振っている。これなら早く話もつけられそうだ。できれば話は彼女に任せてしまいたい。



 しかし、カミュを見たユリナは杖先を彼女へと向けた。


「動くな」


 俺は同業者だからなのか、彼女がこれから何をするかわかってしまった。すさまじい殺気を放ち、杖先に強烈の魔力を集めている。カミュは魔力を探知できないにしても、その殺気に気付き彼女も足を止めて両手を上げた。


「出てこい! シローク!」


 杖を向けたまま大声でシロークを呼び出した。そして、


「私がわざわざ迎えに来てあげてんに、なんでこんなウンコッカスみたいな連中を連れてきんだ!? クソの後に尻もふけねぇーのか!?」


と言った。幌の中にいた彼は飛び上がって震えだした。


「い、ひひぃ、ご、ごめんなさい」


 震えた足どりで馬車から降りようとしている彼をカミュが案内しようとしたのか、動こうとした。


「だぁから、動くなつってんだろ。金髪白ゴリラ」


 シロークは腰ほどの高さがある荷台から下りることに難儀しているので、カミュは両手を上げ、横に移動しながら傍まで行き、彼を降ろした。


「おし、シロークが降りて私のところまで来たらテメェらはすぐ帰れ。報酬は……、まぁ残念だったな。運が悪いってことで」

「イ、イズミくん、す、すまない! 機会を見つけて、えーと、まぁ色々方法はあるから、いずれ!」


 シロークは平身低頭して謝っている。彼に報酬を踏み倒してしまおうという意思がないのは分かる。しかし、ユリナはそう言ったシロークを睨みつけて委縮させた。


 ぎらつく彼女は、すごすご近づいてくるシロークが手の届く範囲に来るまで杖をピリつかせていた。まるで人質の受け渡しのような雰囲気だ。そして、シロークの襟を思い切り掴むと手繰り寄せ、杖をゆっくり下ろした。しかし、まだ近寄りがたい雰囲気を出している。


「護衛を頼んだのがテメェらとは思わなかったぜ。金髪白ゴリラとチビ商人にまた会うとはなぁ。クソみたいな日々が懐かしぃなぁ。仲良く旅したよな、あんときゃ」


 チッ、と舌打ちをした。そして、足元の石を思いきり飛ばした。


「あんなんだよなぁ……。ホントに……、クッソ腹立つわ……」


 ぎりぎりと歯ぎしりの音がここまで聞こえてくる。眉間の皺が増えて深くなっていく。何かを思い出して、さらにそれを自分で口に出したことでフラストレーションが溜まってきているようだ。あまりいい予感がしない。


「送り届けるだけならそのまま無視してやろうかと思ったけど、やっぱりダメだわ。あんたたち見たら腹立ってきたわ。シバサキのことなんか思い出させんな」


 すると杖を持ち上げて思い切り回した。掌で回転するそれを掴みなおすと、踵で土を巻上げて走り出し、猛然とカミュに襲いかかったのだ。


「名前言ったら余計むかっ腹立ってきたわ。やっぱ全員殺す!」


 カミュは剣を抜いたが、切っ先を向けずに樋の部分で受けている。しかし、ぎりぎりで何とか抑えているような状態だ。


「なぜですか……? 争う理由がありません……!」

「剣振り回してんのにキャラ変わってねーぞ! 自慢のそいつぁ割り箸かァ!?」


 横から魔法を唱えようとしたアニエスを、カミュを押さえつけながら睨みつけた。


「おっと、そこの赤いの。テメェは特に動くな。テメェが一番ヤベェからな。オラァ!」


 カミュを思い切り弾くとアニエスの方へ蹴り飛ばした。アニエスは受けきれずに飛んできたカミュの直撃を食らってしまった。


 蹴りを入れた直後、中を浮いていた隙をついて、ククーシュカがユリナの間合いに入った。速さとパワーなら誰にも劣らない彼女は、バルディッシュの重さでさらに勢いをつけて、杖を折るつもりだったのだろうか。しかし、容易く破壊できると思った杖で受け止められてしまって、目に動揺が見える。そしてパワーで押されてしまっている。


「バカデカいの振り回してるクセに力こもってねーぞ! 杖持ち舐めてんのか!? よッ!」


 ククーシュカは思い切り腹を蹴られて、後ろに弾かれた。ダメージが入ってしまったらしく、うずくまり動けなくなってしまったようだ。獲物を仕留めにかかろうとしたユリナが彼女のほうへ走り出した。俺も間に合えとククーシュカの前へ走った。そして、滑り込み打撃を何とか抑えられた。

 びりびりと杖が震え、しびれるような痛みが掌に走る。


「君に死に場所は提供しない! いいから下がって!」


 杖を傾け、受け流すように打撃を逸らした。

 ククーシュカは立ち上がろうと手をついたが肘から崩れてしまった。まるでいつかの朝のように力がこもっていない。それに相当なダメージが入ってしまったのか動けない様子なので、彼女を抱えて距離を取り離れたところに下ろした。


 するとユリナは杖を振り回し、今度はオージーをめがけて走り始めた。


「オラオラオラオラ! あとはそこのクソザコメガネだけだ! かかってこいやァァァ!!」

「無理だー! 無理に決まってるー!」


 青ざめて逃げ惑うオージーの援護に入った時、走りながら話しかけてきた。


「イズミ君、聞いてくれ! 彼は、シロークはただの高官ではない! 実はあの時話はしなかったが、おそらくある国の金融機関のトップ候補だ! そして、その妻であるユリナは現在でその国の軍のトップだ! それに彼の口ぶりから察するに」


走りながら下を向いたかと思うと声を荒げた。



「連盟政府の者じゃない!」



 意味がすぐに飲み込めず、聞き返してしまった。


「どういうことだ!?」

「わからないのか!? 勇者は誰を倒す!? 連盟と戦争をしているのはどこだ!?」


 勇者が倒すべきは魔王だ。連盟政府が戦争をしているのはその魔王の統治する国だ。


 俺は混乱した。魔王の統治する国にいるのは魔物だ。これまで倒してきた魔物はイノシシや動物に似ていたり、ゴブリンだったり、汚らしい毛虫のようだったり醜い容姿のものばかりだった。敵はすべて醜いものだ。彼の言い方ではシロークはそれと同じになる。しかし、どう見ても人間だ。


 ふとブルンベイクでの出来事がよぎった。あのとき、俺が殺してしまった二足歩行の者たちも”魔物”と呼ばれていた。その者たちはぼろぼろの見た目とはいえ、道具や火を使うなど暴れ狂う獣のようではなく妙に文明的だった。嫌な予感がして胸のあたりがちりちりとする。


 痛くなりそうな頭にオージーはさらに言った。


「ボクが見てきた敵は、絵に描かれた醜い容姿のエルフだけだ! 肌は青白くてガサガサ、目つきは悪くギョトギョトしていて、髪はチリチリボサボサで禿げあがって、猫背で、鉤鼻で、耳は細長くて、金でできた髑髏のネックレスや趣味の悪いピアスだらけのエルフしか知らないんだ!」


 彼のイメージは魔物のことを言っている。確かにノルデンヴィズでそのポスターを見たことがある。

 長い年月貼られていたのか、日焼けして黄色くなり、雨風にさらされて剥がれかけになったポスターにエルフの絵が描いてあった。それを見て、敵も魔物もすべてこういう醜い容姿なのかと思ったこともある。


 しかし、シロークはスマートだ。背も高く、分厚い胸板、強くはないが賢そうに輝く眼差し、豊かな緑の髪にはウェーブがかかっている。臆病な性格だが、やさしさが垣間見え、そして溺愛妻家である。その姿はオージーや俺の中で築かれていたエルフのイメージとは程遠い。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ