囚われに羊飼いは西へ 第一話
前後左右の四方、そして上下。どこを見ても白い壁が覆っている。よく磨かれていて天井の照明は反射し、目の奥が痛くなるほどの眩しささえ覚える。
こうこうと空気の流れる音とそれを動かしている機械の低周波が、穴の見当たらない壁か天井のどこからか聞こえる。
ここには一日のサイクルを知る術がない。
あるのは規則的な照明のサイクルだけだ。おそらく十六時間照明がつけられ、八時間消されているのだろう。
サーカディアンリズムをずらしてやろうという悪意がないことを信じた上でそれから考えると、この商会の白亜牢に閉じ込められて五,六ヶ月ほど経過しているだろうか。
食事と余暇を過ごす為の本は与えられ、精神的なものも含めた衛生面での問題は皆無だが、外界の情報の一切が遮断されている。
私は長い間、この白一色の空間から脱出できないでいる。
魔法を使おうにも杖は拘束時に取り上げられて、使うことは出来ない。
時空系魔法は魔法と言われているが、一般的と言われている炎熱・氷雪・雷鳴の三系魔法とは一線を画しているので、杖が無くても使える。
しかし、移動魔法でさらりと抜ければいいというわけにもいかないのだ。
移動魔法を使うには条件がある。
移動先は一度自らの足で行ったことのあるところでなければいけない。
だが、それは大前提であり、それだけではない。まず自分の今いる場所がどこであるかも把握していなければいけないのだ。
自分が行ったことのない場所に開こうとしたり、自分の居場所を分からずに使ったりすると、どこともしれない場所につながるのだ。
分からない、知らないで移動魔法を唱えると、内部が真っ黒なポータルが開く。
つながった先の空間が黒いのではなく、ポータルの表面に黒い膜が覆われているように見えるのだ。
つながった先はこの世界のどこかではなく、“どこか”という概念が存在しないような、自分たちの知り得ない法則が支配している別の世界につながっているような不気味さがある。
かつてそれに冒険心をくすぐられて飛び込んだ者は二度と出てくることは無く、やがて術者が死んだか、魔法を解除したかでポータルも閉じてしまい、行方不明になったきりだ。
その危険性が認知されて長年の教育が行われたことにより、マジックアイテムでも天然でも移動魔法を使うときに行ったことがない場所へ、もしく分からない場所から開こうとする行為を誰もが無意識でも回避するようになっている。
私ももちろん、イチかバチかの賭に出て脱走を図るなどするつもりはない。
追い詰められた挙げ句どこかわからない世界に自ら飛び込むよりも、遮断されてはいるが衣食住、そして娯楽には困らない白いこの空間に閉じ込められている方が確実に生きていられるだけいいか、とため息をついた。




