ギンセンカの根は深く 最終話
父上はイズミのことに言及はしてこないが、彼の存在を把握していないわけではない。潜在的脅威度の評価対象として確認しているはずだ。
商会、協会だけでなく、ユニオンを始めとし北公・ルスラニア王国のシーヴェルニ・ソージヴァルという新興国で名の広まっている彼について知らないというのは、経営者として命取りだ。
しかし、父上のその“言及しない”という行為は、言う必要が無い父と娘の暗黙の相互理解からきているものではない。
父上にとって貴族という立場以上でなければ人間ですらないのだ。自らは貴族以上であるためにそうではないイズミに対しての蔑みもあるのは明らかだ。
所謂時代遅れの価値観である。
私にやたらと移動魔法の話をちらつかせたのも、ただの一般庶民など眼中にないがイズミの置かれた環境と能力は利用したいのだろう。
貴族ではない庶民に重要な話を握られているのが気に入らないというのがますます彼の名前を奥に隠しているのだ。
軋轢を生むような考え方であり、おそらくイズミもいい顔はしないだろう。
だが、それは構わない。父上の考えはあくまで父上だけの考えだ。
いずれイズミがどこかで貴族姓(もしくはそれに準ずるもの)を得れば、例え今の時点で彼を気に入らなかったとしても、その位に相応しい扱いをするだろう。(シバサキは既にその扱いを受ける立場にあると言うが気に入らないが)。
だが、もし彼を悪く言うようであれば私は反論するだろう。
彼は今回の資源戦争にも必ず関与してくる。一体どのような立ち振る舞いを見せるのか。
ユニオンとしての立場なのか、それともそれ以外か。現地で大統領に会えれば、その動向を知ることが出来るだろう。
そして、そのとき私はどうたち振る舞えば良いのか。
左遷と言われた先ほどとは変わり、気持ちがかなり逸るのを感じる。
「かしこまりました。今すぐ、ユニオンに向かいます」
私はティルナとは幼なじみであり、ユニオンで顔が利くと言う自負がある。
他の人員たち誰よりも先駆けて現地入りをし、ルカス大統領と面会に入りやすい環境を整えておかなければいけない。
「今回はこれまでしてきたような冒険とは全く違う。冒険という脅威が不明瞭なものではなく、明確な敵が既に存在する。より具体的に争いの中心に赴くことになろう。生きて戻りたまえ」
「それは娘としてでしょうか。それとも、金融協会による世界的覇権獲得の為の道具としてでしょうか」
そう尋ねると父上はふっふと笑った。
「世界を知って、素直ではなくなったな。娘としても道具としても、亡くすにはあまりにも惜しい。気をつけたまえ」
答える必要など無い。私はどちらであっても、この任務を成功させて生き残るだけだ。




