ギンセンカの根は深く 第八話
「マルタンの亡命政府は知っているな? かのマルタンの地を不法に占拠して亡命政府を名乗る連中をそう呼ぶのは些か妙だな。何度口にしても気持ちが悪いが、他に呼び方がない。
彼らにより一方的に支配下に置かれていたが、混乱は下火になっていた。しかし、最近再び混乱が起きている」
「それは亡命政府がまた行動を活発化し始めていると言うことですか?」
「そうではないようだ。テロリストが暴れているらしい。政府との関係性は不明だ」
視線だけを上げて見つめてきた。父上は不明と言葉を濁したが、誰が何を主張し何をしているのか、そしてその裏で糸を引いているかもしれない者たちまでおそらく既に把握している。
「ユニオンを経由してマルタンに入り、その者たちを抑えろと言うのですか?」
「それはユニオンの国軍がする仕事だ。もしくは連盟政府軍のだな」
「では、一体何を?」
「協会は土地と建物の管理も行っている。ストスリアのフロイデンベルクの校舎もそうだろう。
マルタンの丘陵地はユニオンに依頼されて協会が管理している。そこにある“とある資源”が問題なのだ」
父上は大きく咳払いをし、「さて、私は業務に戻らなくてはな」と背筋を伸ばして椅子にかけ直した。
「ここではこれ以上は言うことが出来ない。ヴィトー家誇るこの麗しき白花宮は連盟政府の首都のど真ん中にある。
ユニオンにつけばすぐにでもルカス・ブエナフエンテ大統領との面談もあろう。そのときにじっくり聞くといい」
そして、意味深に黙り込んだ。金融についてはティルナ・カルデロンとの面談があるはずだが、大統領が絡むとなるとそれについてだけではない。
「分かったなら、今からすぐに行きなさい。
君が現在している仕事の引き継ぎに関して心配する必要はない。そして、これから移動魔法、キューディラは使用不可だ。全てここに置いていきたまえ」
そう言うと木製のケースを机から取り出して私の前に置いた。
私はキューディラと移動魔法用のマジックアイテムを取り外し、そこに収めた。
言葉にはしなかったが、もう誰も信じてはいけない。例えヴィトー金融協会の頭取といえども。
だが、魔法の価値が薄れてきた現代の風潮に逆行するように価値を再び見いだされた特別なその二つを私は躊躇無くケースに収められたのは、父上という血のつながりという名の最後の繋がりを信じたからだ。
父上もそれを信じているからこそ、ここでその二つを私から預かったのだ。冷たくありつつも、親子であることが最後の砦なのだ。
おそらく、ここでその二つを預かったのを知るのは私たち親子だけ。商会も政府も、私が管理していると思い込んでいる。
「多少不便だな」と父上は詫びるような顔を見せてきた。
「だが、どちらももはやプライベートな情報伝達や移動手段では無くなった。
他の101部門の人員にはもう伝えてある。現地で合流し、現地の指示に従いなさい。
キューディラなどは現地で支給されるから安心したまえ」
どこに向かえばいいのかは一切伝えられることは無かった。だが、私はイズミの関係者であり、ルカス大統領にも顔と名前はすでに伝わっている。




