ギンセンカの根は深く 第二話
上質な生地で織られたブラウンの三揃えのそれは、さらりと違和感なく着こなされていることも含めて昔から全く変わっていないのである。
物心が付いたばかりの頃は、父上は妙な服を着ているが特別故にそうなのだろうと納得していたが、私が共和国に入りスーツという物を見た今だからこそ、父上が昔から着ていた服がすぐにスーツだとこの場で分かる。
一体どこで手に入れたのだ。それも一体どれほど昔からのことなのだ。
私が共和国に行って以降、動きやすさが気に入いり着始めたことで職員たちもスーツになり始めたので見慣れてはいた。だが、父上に至っては何年も前から変わらないと言うことが不気味だった。
だが、何一つ変わらないという事実がさらにそれを増幅させて、私の首筋を振るわせた。
そして、やや傲慢でもあるような考え方と裏打ちされた自信のある物言いさえも、何も変わっていない。まるで時間が止まっているかのように。
だが、自信に溢れている父上とは裏腹に、協会は三機関での立場が非常に弱くなり、今追い詰められている。
「最近は随分と立場も弱くなっていると伺っておりますが、いかがでしょう。そのような戯れ言を娘に言う為だけにお呼びだてしたのですか?」
父上は口をへの字に曲げて小首をかしげた。
「久しぶりの親子水入らずの会話を楽しもうという気はないのか。思い出話もあるだろうに。年単位での再会では致し方ないか」
私は何も言わずに父上を見据えた。
そうしていると、うんざりしたようにも、がっかりしたようにも肩を落としてため息を溢した。
「だいぶ成長したようだな。これまでの報告は受けているぞ。
共和国での選挙や黄金捜索、ずいぶんと派手に立ち回ってきたそうだな。後妻のミシュリーヌに似て破天荒極まりない。
ああ、母上には会ったか? 心配していたぞ。
まぁ、そういうミシュリーヌも共和国の術犯罪保険に入るなど相変わらず危なっかしいことをしているのだがな。
共和国では珍しい魔法が溢れた人間世界に住まうというのに、よく入れたものだ。ミシュリーヌ同様に、私も君の身を案じている」
「それは母として、父としてでしょうか? それとも、協会をおとしめるな、という意味があるのでしょうか?」
「もちろん、人の親としてで、だ。
協会をおとしめ三機関と言う世界を支える柱を危ぶめているのは、他でもない連盟政府だ。
君がどれほど破天荒に振る舞おうと、アトラスが肩をすくめることは無い。
それどころか、色々と忙しい身ながらも業務は他の者たちよりも効率的にこなしているではないか」
「お褒めにあずかり光栄です、父上。
ですが、人を褒めるのは式典など人前で形式的にしかしないはずの父上が、そのようなことをわざわざ言う為だけに呼び出したわけではないでしょう。
今日は一体何のご用件でお呼びだてしたのですか? 本題は何でしょうか? 今さら家庭に入れとでも仰るのですか?」
「その必要は無い。君は君の愛を貫きたまえ。
ディアンドルの腰紐の結び目を左にしたければ、君の意思でしたまえ。
では本題だ。事を急く君には、端的に伝えるとしよう。君の左遷が決まったのだ」




