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ギンセンカの根は深く 第一話

「カミーユ。我が愛娘。よく来たな」


 男は正面に立つ私を見て、少しばかり誇らしげに口角を上げた。


「スーツもなかなか、似合うではないか。ディアンドルにコワフの可愛らしい女性職員が減ったのは、君がスーツを着始めたかららしいな。皆の規範となるとは、我が娘としては当然だが」


「父上――。と呼ぶのはここでは相応しくありませんね。ロジェ・ヴィトー協会頭取。何年かぶりにあなた自身が呼び出すとは、どのようなご用件でしょうか?」


「貴族の中でも特に立場のあるヴィトー家当主である私に、一切の物怖じを示さない態度。さすが我が娘だ。肝が据わっているな。

 尤も、連盟政府の者がありもしない威厳を語る為に決めた貴族などと言う階級制度(ざれごと)など、政府が出来る遙か以前から存在し権利さえも独立している我々にとって意味の無いこと。

 連盟政府とは、数多の国々を我々が強固に結びつけた結果生まれたものだ。金融というのは共同社会性を語る上では避けては通れない。

 それ故に、商会よりも各々との結びつきは強く、かつての国々をその結びつきを強固にすることで統一を実現させたのだ。言うなれば我々は連盟政府の親のような存在だ」


 午後の執務室は照明など不要なほどに明るい。

 サント・プラントンの“(シャトー・)(デ・フラン)(ブラーシュ)”の中庭に面した窓からは早めのギンセンカが咲き誇っているの見える。

 品種改良が施されて花を多く付けるそれは白い花で庭を埋め尽くし、窓ガラスにひびを入れてしまうのではないかと思うほどに初夏と晩春の間の陽射しを白く強く照り返している。

 部屋の壁も床も白く、家具まで白で統一され、入り込んだ光は部屋を満たしている。


 父上とこうして顔を合わせて会話をするのは実に数年ぶりだ。前回はまだシバサキと行動を共にし始めた頃ではないだろうか。

 あの頃は、私はまだ成人もしていないような、ほんの子どもでしかなかった。あの頃のような惰性の日々はもはや過去のもの。

 今思えば、今日のようになすべきことは山のようにあったはずなのに何故それをしてこなかったのか、懐かしさよりも悔しさがこみ上げてくる。

 それを感じ取れるようになったことこそが成長だ、と言えるほど単純ではないだろう。


 晴れ間に浮かぶあの雲たちが風に流され天気を変えていくのを止められないように、時々刻々と移ろう全ての物事も止めることは出来ない。


 それでも何年経とうとも父上の風貌は変わらない。私と同じ金髪碧眼。

 髭は一切伸ばそうとしない。髭など連盟政府における権威の象徴でしか無い、我が子らの児戯に合わせるのは親のすることではない、というのが父上の考え方だ。

 背後の窓からの逆光に暗くなる父上の姿を目を細めてよく見れば、着ている服はスーツなのだ。

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