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彼女が選んだもの 最終話 アニエスの手紙

“イズミさん、おはようございます。


 これをあなたが読んでいる頃には私は山小屋にはいないでしょう。そして、もう二度と戻ってくることもありません。


 このように書くと、まるであなたを見限ったように読めるかもしれません。ですが、そのようなことは決してありません。


 自分は一人にされたくないと感情的になって言ったにもかかわらず、あなたを一人にするということに重ねて、あなたにした酷いことをもう一つ告白します。


 あなたが先日、クロエに会ったとき、実は私はあのカフェにいました。誰かが私に来いと手紙を置いていったので、クロエが店に入った少し後に入りました。

 そこであなた方の話していたことは全て聞きました。“レッドヘックス・ジーシャス計画”という計画のことも、それの要が私であることも、もちろんです。


 私を巻き込まないようにする為に言わなかったのは分かります。


 自己犠牲を嫌うあなたにとって、私がした行動は最悪のことでしょう。ですが、私もあなたのことを悪く言おうとすれば、一人で抱え込まないで相談して欲しかった。


 あなたは私にとってかけがえのない人です。あなたも私をそうだと思っているのも、日々幸せで感じていました。


 だから、あなたの理想とした世界を作る為に私はマルタンへと向かいます。


 盗み聞きをしたような形で、しかも、その事実を伝えるのを真っ直ぐに瞳を見つめて直に言葉に載せるのではなく、このように手紙にしてしまったことをお許しください。

 嫌いになって黙って出て行った、と言う風にして繋がりを無理矢理切ろうと言うのも出来たかもしれませんが、私はこれまでの日々があまりに幸せで、それを否定するようなことは出来ませんでした。


 この世界はあなたにとっては異世界でしょう。

 それでも、この世界を誰よりも愛して、誰よりも美しいとことを知っていて、誰よりも守ろうとするあなたを、私は誰よりも愛しています。


 あなたとあなたの世界の一部の私、そして、私の全てのイズミさんへ 愛しています。さようなら”



「クソッ! ふざけるな!」


 誰もいないと分かっていても、俺は怒鳴ることを抑えられなかった。

 残っていた酔いは一瞬で冷めた。同時に全身の血が沸騰し、身体全体が内側から膨張するのがわかった。顔が今にも破裂してしまいそうだ。

 手紙を握りしめて、俺はドアへと向かった。

 薪ストーブに足されていた薪はまだ残っている。形が残っている。彼女は先に家を出るときに、俺が起きても寒くないようにいつも入れていく。まだ入れて間もないはず。

 「待ってくれ! 行くな!」と叫びながらドアを壊してしまうのかと思うほどに思い切り開けた。

 白く微かに溶け始めて透明な雪原の上に、角の崩れた足跡が残っていた。

 数歩ほど進んだところで途切れている。そこで移動魔法を使ったのだろう。向こう側のどこかの土が流れ込んで降り積もったばかりの雪を茶色くしていた。


 無駄だと分かっていても、俺はそこへ走って行った。そして、アニエスの名前を何度も叫んだ。


 跪き、雪の上に微かに落ちていた土を集めた。どこの土か分かれば、行き先が分かるかもしれない。だが、それも虚しくどこかへ行ってしまった。


 そのままの姿勢で空を見上げた。どこまでも青く、雲一つ無い快晴の空だった。

 万年雪の山奥の一人の男の慟哭など、雲さえも聞いていないように、ただ青く広がっていた。


 だが、それでも俺はアニエスの名前を呼び続けた。

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