彼女が選んだもの 第二十一話
アニエスは俺の嘘をすぐに見抜いた、というよりもまるで俺が嘘をつくことなど知っていたかのような反応をした。
俺はどこで嘘だと見抜いたのか尋ねようとして「どうしてそう思ったの?」と質問で返した。
だが、アニエスは立ち上がりテーブルに手を突いて身を乗り出し、「私知ってますよ。職業会館裏のあのカフェに行ってたこと」と震え始めた声で問い詰めてきた。
俺は椅子から立ち上がり、アニエスをなだめようと肩に手を当てた。だが、嘘をついたのは紛れもない事実だ。
彼女のためを思って俺は嘘をついたつもりだったが、自分の為でしかないことに気がついてしまい、言葉が出て来なかったのだ。
「なんで、どうして嘘つくんですか?」
困った顔で何も言えずに口をパクパクと動かしている俺を見るとますます悲愴を顔に浮かべ始めてしまった。
「クロエとかいう、あの連盟政府のスパイと会ってるのも知ってます!」
それを聞いて息をのんでしまった。アニエスはどこまで知っているのだろうか。
まさか、全部知っているのだろうか。焦りで脇の下が冷たくなり、脇腹が痛くなり始めた。
「何を話したんですか?」
尋ねてくるから知らない、と言うことは考えられない。彼女は何もかもすべて知っていて、俺を試しているのではないだろうか。
だが、クロエとの話はアニエスが中心になる話だ。当事者で渦の中心にいるアニエスが、俺自身の口から言わせる理由は何だ。
俺を追い詰めようとしているのか。そんなはずはない。
俺はアニエスを愛している。それは昔は口に出すことも出来なかったが、今ではいつだって言える。
それはアニエスも同じだと信じている。だから、そのような試すことなどしないはず。
クソ。不愉快だ。あの女神が言ったことみたいではないか。
何か言わなければいけない。
「確かに、クロエと会った。でも、話したことは君にも北公にも関係ない」
嘘だ。俺はまた嘘をついた。アニエスとは大いに関係のある話だ。
俺はアニエスを巻き込みたくない。また家族を失いたくない。
「なんで隠すんですか? 関係ないなら教えてくれてもいいじゃないですか!
クロエとかいう女と密談するときの暗号があるのも、私は知ってます!
今日は何を話したんですか!? どうして教えてくれないんですか?」
アニエスは俺の襟首を掴んで揺らし、質問を矢継ぎ早に繰り返してきた。そのたびに涙は溢れ、ついに目尻から一筋の涙がこぼれてしまった。
ついに俺は何も得ずに彼女を見ることしかできなくなってしまった。




