彼女が選んだもの 第二十話
しばらく、黙々と食べ続けていた。
久しぶりの食事、というよりも久しぶりの会話だった。
なかなか話すことが思い浮かばないのだ。
以前は話しても話しても話題が尽きなかったし、アニエスの話ならどんなことでも面白かった。彼女はよく笑っていたし、俺も食べるのが遅くなるほどだった。
話題を考えると、今の俺が思い浮かべられるのは負傷した兵士たちの話ばかりだ。誰が助けられたとか、誰を助けられなかったとか、食事をしながらする話ではない。
アニエスは確か魔術指導主任教官として新兵からベテランまで教鞭を執っている。戦争に関わることではあるが、俺のように生き死にには直接関係はない。
どんなことをしているのか、俺は尋ねようとスモーガストをテーブルに置いた。
「イズミさん、あの」
するとアニエスはスモーガストを皿の上に置いて、俺が尋ねるよりも先に話を切り出してきた。
「お昼、どこに行ってたんですか?」
話を切り出そうと思っていたところに話を持ち出してきてくれたので、何を言うのか期待していた。そこへ来て昼の話を尋ねられた。
なんでも答えてやろうと構えていたが、意外な――そして唯一の話したくないことを尋ねられて、俺は息を飲み込みでしまった。
だが、それを悟られないように笑って誤魔化し、一度は置いたスモーガストを持ち上げた。
「少し外に出てた。時間があったからね」
挟まれているサーモンがはみ出ていたのでそれを押し込み、何だそんなことか、と平静を装いながらそう答えた。
答えてからもう少し具体的に言うべきだと思った。やはりアニエスは「何してたんですか?」と続けざまに、早口で尋ねてきた。
「外で食事してたんだよ。食事。カトウのトコで。ウミツバメ亭」
咄嗟に嘘をついて、スモーガストを口の中へと入れた。
クロエとの話をアニエスにすることなど出来ない。
あのようなふざけた計画など、俺は認められない。アニエスは言ってしまえば自分が犠牲になればと言い出しかねないのだ。
俺は嘘をついてでも、それは言わないことにした。
しかし、アニエスは顔を上げるとそれまで合わせようとしなかった視線をはっきりと合わせてきたのだ。眉を寄せて見つめてくる瞳は僅かに震えていて、悲しそうだった。
そして、顎を引くようになり、「嘘です……」と呟いたのだ。
さらに被せるように「それは嘘です」と言ってきた。




