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彼女が選んだもの 第十八話

「私は他にいくつかある案の中で、これが最も戦いを避けられるとものだと考えて実行に移しています。

 お気づきかとは思いますが、負傷して運ばれてくる兵士は元貴族の子弟は少なくなり、民間からの志願兵がほとんどになっていると思います。

 それは連盟政府でも同様。魔法が少しでも使える民間人は次々と戦地に向かっています。

 貴族の誇りを賭けて魔法を撃ちあう時代は終わりました。戦いから誇りは消え去り、数だけの時代になったのです。

 以前は数時間、長くて数日で決着が付いていた戦争も、最近では数週間から数ヶ月と長期になっています。

 民間人はこれまでの戦争と同じだと思い込み、兵士として志願すれば貴族と肩を並べて国の為に戦ったという名誉を得られる、長引いているが自分が前線に着く頃か直後にはさすがに終わっているだろう、と参加賞目当てに挙って志願してきます。

 よって数には事欠きません。しかし、続ければ続けるほどに多くの人を巻き込みます。

 あなたは誰が為に和平を願ったのですか? そう言った無知で愚かな人々も含めた、この世界全ての為ではないのですか? また自らのエゴでそれを手放すのですか?」


 クロエは真剣であり、狂気を浮かべて笑い誤魔化すような仕草は一切見せなかった。

 嘘偽りがないと思わせたいのか、本当にそう思っているのか、もはやわからない。

 だが、一つだけ確かなのは、どのような形であれクロエも戦争を止める為に動いているのだろう。


「お前の考えは分かった」


 俺はクロエの胸ぐらを放し、そのまま自分の椅子へと落ち込んだ。

「だけどなぁ、これ以上家族を差し出すつもりはない。今すぐ帰れ。司令部にも通報しない」と顔を擦りながらそう言った。


「“無作法をせず、自分の力を求めず、いらだつこともなく、恨みを抱かない。不義を喜ばず真理を喜ぶ。

 そして、すべてを忍んで、すべてを信じて、すべてを望んで……”」


「“すべてを耐える”だろ?」と得意げに語るクロエを遮った。クロエは意外そうな顔をして口を止めた。


「知ってるとも。世界で一番売れてる本を読めば誰でも知るだろ。俺は小学校がそれ系でな。触れる機会も昔からあった。

 お前は何しに来たんだよ。俺に愛の素晴らしさでも説きに来たのか?」


「何度言えばいいのかしら。私は平和への道を開く為の協力を要請しに来ただけです」


「悪いが、俺はこれ以上耐えられない。もう家族を失いたくない」


 クロエは口を開けたまま硬直し、しばらくそのままでいたかと思うと「呆れた」と呟いた。


「犠牲を出さない、最小限と誰よりもわがままに平和を求めているあなたはそれ以上にわがままを言うのですか。

 自身の家族を差し出さないと言う我が儘により、他の家族たちがばらばらになるとは考えないのですか?

 そんなので平和など、笑わせてくれる」


 そして、椅子から立ち上がり、「どうやら時間の無駄だったようですね」というとヒールをカツカツと鳴らしてカフェを足早に出て行った。

 もっと食い下がると思ったが、意外にもあっさりと帰っていってしまい拍子抜けしてしまった。


 自分の目的を自分の我が儘でまた遠ざけたかもしれないという気分の悪さに、俺はすっかり慣れていることに気がついた。

 クロエの提案は理想的で、理想的すぎる故に信じることが出来ないほどだった。

 だが、結果というのは必ずしも百パーセントで出せるものではない。

 ありとあらゆる妥協点を見いだし、相手と自分を譲歩し合い、だがときには騙し騙されてやっと出るのが結果だ。

 その過程で剥がれ落ちていくものを、あとからどれほどかき集めても百パーセントにはならない。

 だから、理想はあくまで理想であり、現実的な結果のために高く目標を決めるのだ。

 クロエの話が言ったとおりになった現実を百パーセントと考えれば、七十八パーセントの結果でも充分なのである。


 自分に言い聞かせる為、俺が落としたくないものはその削り落とされてしまう二十二パーセントに含まれている、だから意地でも受けない、と思うようにした。

 そして、話を受けずに追い返すことが出来て安心している俺がいた、というまた別の胸くその悪さを覚えていた。


 ノルデンヴィズの雨脚は強くなっていた。庇に強く打ち付ける雨音が店の中まで響いてくるほどだった。窓の外の様子は完全に滲んでしまい、見通すことは不可能だ。


「クソが……」と音に紛れるように小さく悪態をつき、テーブルを意味もなく叩くことしかできなかった。

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