彼女が選んだもの 第十七話
俺が思っていたことをそのまま言われた。違うとは言えずにうともぐともならないような音を喉が鳴らした。
「た、確かに、確かにそうだ! だがなぁ!」
往生際悪く、俺はまた怒鳴った。
「女王になったセシリアの二の舞だと。また王だの皇帝だのとか言う話で家族を失いたくない?」
クロエは上から怒鳴り散らす俺を、顎を引き眼鏡の上から視線だけを投げつけてきた。
「分かってるなら言うんじゃねぇ!」
「冷静になりなさい。
セシリアは女王というルスラニア王国での神聖な存在になり、もう会うことは叶わなくなった。今はどこかでひっそりと王族として裕福に暮らしている。
普通以上の衣食住が漏れなく与えられて、戦いが起きているにもかかわらず表にはあまり出ず、起きている戦いのことなど知らずに平穏無事に暮らせる。
大人たちの政治的な操り人形だとしても、それはいいことではないですか。
戦いで家族を失い日々食うや食わずやの子どももいるというのに、衣食住に困らないというのが如何に幸福であるか。
親が子の幸福を願うのはごく自然なこと。しかし、親の元に子どもがいなければ、例え飢えていなくても不幸せというのは親のエゴです。
アニエスさんは皇帝として政治に具体的に参画するためセシリア女王のようにはいきませんが、あなたの求める結果に大きく前進できます」
「クソが。何にも知らないお前には分かるわけ無い。何も知らないお前がセシリアを知った風な口を利くな」
俺はついに我慢することが出来ずに、クロエの胸ぐらを掴み上げてしまった。
「随分乱暴ですね。ですが、あなたの家族への愛情は素晴らしいです。
先ほどの一節は、遙か過去の偉人がとある人々へ当てた長い長い手紙の一節です。それには続きがありまして、
“愛はいつまでも絶えることはない。しかし、予言はすたれ、異言はやみ、知識は廃れるであろう。”
というものです。
ですから、私はアニエスさんに話す前にまずあなたにお伺いを立てたのです」
首が絞まっているのか、かすれた声でそう言った。
「伺うもクソもねぇだろうが! のらなかったらどうするつもりだ?」
「どうもしませんわ。ただ、悲惨な戦いが延々と継続されるだけ。
それでもいずれ終わりは迎えるでしょう。ある国家の地図の上での消滅と勝者の疲弊だけを残し、立ち直るまでに何十年もかかるような爪痕を互いに抱えて終わります。
私が今提示したのは、その双方にとって破滅的な状況から脱し段階的和平を目指す為の一つの提案でしかありません」
「それはお前ら組織全体で動かしてるのか?」
「いえ、違います。私が中心に動かしています。
元々、いくつか提案されていたものの中の一つに過ぎませんでした。現在も実効性は低いと見なされており、黄金の件で休暇中の私が勝手に動かしている状態です。
あなた方が話に乗れば人員も増えるでしょうが」
「責任がお前一人なら、お前一人始末書書いて終わらせろ。俺はのらない」




