彼女が選んだもの 第十六話
「ご理解いただけたようですね。それこそが“紅の魔女皇帝計画”なのです」
「断る」
当たり前だ。即答した。
アニエスもセシリアも皇帝の末裔や由緒正しき王だというのは分かっている。
だが、俺はセシリアをルスラニア王国の王にしたことで大いに後悔した。
それはついこの間のことだ。昨日の今日で再び家族を国家の為に差し出せというのは俺には出来ない。
時間が経てば再びその選択を選んでも良いというものではない。そのときの後悔はいずれ治る傷ではなくて、二度としないという戒めとして俺の中に刻まれている。
セシリアのときは北公もルスラニア王国も、そこにいる誰もが俺たちに対して甘かった。だが、アニエスもそうなるとは限らない。
彼女は自立した立派な大人として生きている。そうなると負わされる責任もセシリアの比ではない。
その責任というのも、帝政ルーア、ルーア共和国、連盟政府という、敵対的意思を互いにまだ持ち続けている三カ国にまたがるものだ。
どこが勝てば、どこが負ければ、それでアニエスの生死にも関わりかねない。
そのようなことは二度とごめんだ。
「尤もですね。彼女自身の意見は、というのはまず置いておきましょう」
しかし、クロエはのんびりとコーヒーに口を付けた。
俺の考えたことなど全てお見通しだ、その上でその提案をしていて、尚且つそれを俺が受けるかのような落ち着いた反応を見せたのだ。
クロエは冷め始めたコーヒーをソーサーに置き、淡々と話を続けた。
「あなたのこれまでの経験を鑑みれば、尤もな反応です。
あなたはセシリアをルスラニアの女王にしていましたね。彼女は神聖視され、もはやルスラニアでは神のような存在になりました。
“童のときは語ることも童の如く、思うことも童の如く、論ずることも童の如くなりしが、人となりては童のことを捨てたり”
彼女は幼子であり、政治などとはほど遠い。
人間の築いてきた社会は大人が支配していて、それで循環していくもの。
しかし、彼女は血縁という王としての絶対の素質を持っていた。王国は王による支配を受ける。
だが、それには彼女はあまりにも幼すぎた。
それ故に、童と人は異なるというのを神聖なものとして引き離し、王でありながら国政からは遠ざけることにした。
そして、幼君は人前に現れることなく、神如く崇められるようになった。
子どもを思いやる気持ちだけが目立ちますが、それは周囲の大人たちの操り人形であることに変わりはありません。
実際にルスラニア王国は、シーヴェルニ・ソージヴァルという名の共同体を北公と形成し、国家同士の連携であると平等な立場を主張していますが、政府の中枢には北公の役人が多く入り込んでいて北公なくしては成立しない傀儡政府ではないですか。
ですが、そのときとは状況が違います。
アニエスさんはもう成人しており、知識教養はかなり高度に身につけています。それがどういうことか。
彼女には国政に参加する力があると言うことです。強大な国家である帝政ルーアをあなたの身内に入れることで和平への道が開けるのですよ」




