彼女が選んだもの 第十五話
疑問を思い起こさせてその解をこちらに委ねるようなクロエの言い方は間違いなく戦略的なもの。こちらから何かを引き出そうというのもある。
もとより、クロエの提案になど乗る気はない。どうやってこいつを諦めさせて、回れ右させて国へ帰らせるかだけを考えていた。
そこで当たり障りがないようなことを聞いた。
すると、あっはっはと声を上げて笑い出したあとに「そんなことは起こりえませんよ」と答えたのだ。
店の奥で突然起こった笑い声に、他の客の視線が集まった。見えにくいとはいえ、目立つわけにはいかない。
笑いに動揺が走り、クロエを押さえ込もうとして「なんで言い切れるんだよ」と早口で聞き返した。
クロエはこほんと咳き込むと失礼と言って、笑いで浮き上がった腰を上げて座り直して、姿勢を正した。
「それを解決するのは、誰が皇帝になるか、です。
ではお尋ねします。エルフの国である共和国に足繁く通っているあなたならすぐに分かるでしょう。帝政ルーアの皇帝はどのような方がなりますか?
私は連盟政府の者なので、皇帝など偽者でもめっぽう構いません。ですが、相手は帝政思想。
本物を崇拝してきた彼らに偽物など与えても、すぐにばれてしまいます。偽物の擁立など許すはずもありません。
両国の関係改善を目的とした皇帝の擁立だというのに、付け焼き刃の偽物の擁立など長期的な視野で見れば共和国への敵対的行動とみられてもおかしくありません。
私が擁立させようとしているのは、そのルーアの血が流れる、本物。紛うことないルーアの末裔」
そう言うとクロエは試すような眼差しを投げかけてきた後、ニッコリ微笑み小首をかしげた。それから先の言葉は考えろと促すような顔をしている。
睨み合いの中でお互いにしばらく黙ると、外の雨の音が聞こえてきた。近くの窓にも雨粒が吹き付けているのが見える。いくつもの粒は集まり、下へと流れていく。
先ほどよりも雨脚は強まってきているようだった。
こいつは何が言いたいのか。最初は全くと言って良いほどに分からなかった。
しかし、俺は話が進んで行くにつれて頭の中でアニエスの顔がちらついていた。
アニエスはルーアの分家のフェルタロス家の末裔。
本家の血が途絶えた今、本家同様に占星術も使えて、尚且つ隔世遺伝などではなく子どもにも確実に占星術適性が発現する子孫は、彼女とその母親ダリダさんだけだ。しかし、ダリダさんは現在行方不明。
そして、ユリナもかつてアニエスは「王位継承権は一位だ」と言っていた。
つまり、皇帝になれるのは唯一アニエスだけ。
そこで改めてレッドヘックス・ジーシャス計画の名前を考えた。
最初から気がついていてはずだ。それを無視し続けていただけだ。
だが、改めて思考の中に引き入れると瞬時に頭に血が上った。
「ふざけるな!」
俺はテーブルを叩いて立ち上がった。
コーヒーカップが踊り中身が跳ねると、クロエの手にかかった。
だが、クロエはそれに一切動揺を見せなかった。




