彼女が選んだもの 第十二話
「帝政の皇帝の跡継ぎがいなかったからメレデント民書官がマリアムネの方法を奪いとって共和制に移行したんだろ?
方法を考えたのはマリアムネで、強権を用いて問題なく実行させたのはメレデントだ。
メレデントがした他人の業績を奪うという行為は許せないが、権力を傍若無人に振りかざせる彼がいたからこそうまくいったとも考えられる。
その後結局、彼は自身の本来の思想である帝政思想を水面に出さず、ユニオンへの亡命中に船が爆発し事故死したと処理された。
考え方によっては、メレデントは共和主義者に使い捨てにされた挙げ句、自らのしたことへの報いを受けたともなるな。
共和制は維持され、尚且つ平和。それに何の問題があるんだよ?」
尤も、何故彼が帝政思想でありながら、何故皇帝に世継ぎを作らせようと必死にならなかったのか、そして自身の名前を国名に入れてまで共和制に移行させたのか、俺にはわからない。
悪く言われることが多いあの男だが、彼のしようとしたことは、帝政にしろ共和国にしろ、自国を良くしようとする為の権利を独占だったのだ。
愛国者であることに変わりは無く、連盟政府や他の国家に自国を売り渡し自分一人の利益を得る為ではない。
「平和は見せかけですよ」
クロエは問いかけに一言そう言うと、コーヒーに口を付けた。目をつぶり、ソーサーに置くと再び話を始めた。
「最初こそ、まとまっていたかもしれませんが、平和であるが故に市民たちは次第に我が儘になり、自分たちの過度な欲求を叶える為に帝政思想に走るのです。
主義者たちも、我々を信ずれば願いが叶うと言い広めるのです。実際に叶うかどうかはその時点では置いておけば良いのです。
場当たり的で目先の利益を何の努力も過程も経ずに手に入れられるような口当たりのいいことを言えば、簡単に群がります。
もちろん、大っぴらにではありません。噂や陰謀論で感情や興味をそそるように広めていくのです。平和故に、刺激を求める市民はそれを自らの手で広めます。
そのため、あちらは見えないところで帝政思想が蔓延っています。
その、あなたがたった今お褒めになったメレデントがいたから彼らは抑えられていました。
彼は帝政思想に心酔していたが故に相当厳格であり、共和制国家にもかかわらず政治の頂点に君臨できるほどのストイックさと実力もありました。
しかし、メレデントという強固な蓋が外れた今、彼らは半ば野放し状態。それは非常に危険だと思いませんか?
先ほども言いましたが、共和制移行はテロリストの存在もあったからこそなされたもの。
共和国は対外的に強くとも、民衆の国家として成立し民衆に選ばれる政治家が国を治める為に、政治家は民衆に好かれなければいけないので、内部には弱い。
やがてその弱さをついて再び帝政思想が頭角を現し、テロによる国家転覆が有効であると知れば、再び共和国はテロの災禍に見舞われますよ」
クロエはさも深刻なことが起きるような物言いをした。確かに、共和国は「皆様の共和国」だとユリナも言っていた。人気取りで現政権が足を掬われる可能性は大いにある。
しかし、マゼルソン法律省長官がどういう思想かはこの女は知らないようだ。帝政思想が一つの思想であると思っているようだ。
帝政原理思想という、帝政思想をしのぐ帝政の最大級の亡霊が存在していて、それが共和国司法を握りしめていることを知らないのだろう。




