彼女が選んだもの 第十一話
「帝政が復活することでどうなるか。果たして、その結果が必ずしも戦乱の世でしょうか? 例えば指導者が、つまり皇帝の考え方に因るのではないでしょうか?」
クロエは杖を握っていた左手をテーブルの上に戻し、そこに右手を丁寧に重ねて尋ねてきた。
「皇帝が優秀であれば帝政ルーアをまともな国家に出来るとでも?」
口の中に残った生クリームをコーヒーで流し込んで、尋ね返した。粘り気の強い生クリームはコーヒー如きでは流し込めず、口の中に残ったままだ。
出来るわけが無い、というのが当たり前だと思っている俺の言葉に困惑した表情を見せた。
「まともな国家? そうですね。正確には、元に戻るが正しいのかしら。何千年も国家として存続した元の体制に。
それにしても、あなた方一部が常に抱いている『皇帝は絶対悪である』と言う刷り込みは一体何の影響です? それはともかく、帝政の方が安定していたのです」
確かに言われてみれば、俺やカトウなどこっちに来た人間は、皇帝は悪であるという認識に基づいた創作が多く存在するところから来たので、皇帝と悪を繋げる傾向にある。
民衆の時代であると謳う、民衆によって選ばれた権力者の手で皇帝は悪として扱われ、それが広く根付き、仮に自分が不自由であっても、権力者によって管理された知識と真実に基づいた教育を受けているので一切の疑問を抱かない世界だ。
衆愚に流れる血の一滴でいさえすれば平和であり、決して不幸ではない世界。
「それは時代に拠るだろ。今の時代はエルフたちにとって一番安定する制度が共和制だってことだ。だから、共和制に移行したんだろ。
環境にも拠るだろ。あっちは色んな気候があるが全体的に見れば土地は豊かだ」
「共和制になってまだ十年も経っていないのに、安定していると評価するのは早計では無いかしら。では、あなたはなぜ共和国が帝政に移行したか、ご存じですか?」
「知らない」と首を左右に振りながら答えると、クロエは目を見開いてにやついた。
「あら、共和国に肩入れするあなたにしては随分無知ですこと。
帝政末期にテロを起こしたのはプロメサ系共和主義者ということになっています。帝政や貴族の腐敗と如何にもなことを字面で並べていますが、言ってしまえば体の良い国家転覆。
プロメサ系共和主義者と単なる共和主義者は全く別物ですが、根底にある思想は同じ共和制。プロメサ系でなくとも、過激な行動に出る者は少なからずいました。
過激の度合いで言えばプロメサ系が圧倒的であり、それにばかり目が行きがちですが、テロリストがいなかったわけではないのです。つまり、共和国はテロに屈した国家なのです」
「酷い言い草だな。あっちは連盟政府よりも遙かに平和だ。あっちがテロリスト国家と罵るのなら、じゃあ、こっちは何だ? 廃棄物処分場か? それとも不法投棄のボタ山か?」
馬鹿にするような笑顔と物言いにやり返すようにそう言い返すと、クロエは作り笑顔の表情を崩さなかったが、眼瞼が僅かに震えた。
相も変わらず忠誠心は素晴らしいヤツだ。
長官選挙に介入、街中で発砲騒ぎ、あれだけ共和国で暴れておいて知らないわけがない。連盟政府側に知っているなど言えるわけもない。
だが、クロエの大雑把に言った共和制移行時の話は、俺が把握している一般には焚書にされている書物によるものとは違う。少なくともテロリストの国家転覆ではない。




