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彼女が選んだもの 第七話

 その日は運ばれてくる兵士の数が異様なまでに少なかった。


 ノルデンヴィズは雨だ。それもかなりしっかりと降りしきっている。

 纏わり付く湿気と上がり始めた気温による発汗の相性は最悪だ。不潔さと不快さで言えば、包帯と石膏とその他身体を包み込むものの中にいる兵士たちにとっては地獄だろう。


 戦線は百キロほど南下していて、もうノルデンヴィズ南部戦線とは言えない。それでもまだ首都のサントプラントンにはほど遠い。

 天気もこちらとは違うのだろうか。こちらよりも雨脚が強く、戦闘どころではないのだろうか。

 スヴェンニーの飼い慣らすコアブカトナカイも目は金色になり、すでに北へと戻った。その代わりに大砲を積んだ汽車モドキが戦地を駆けている。

 どちらも二~四メートルはあるので、圧迫感は変わらない。モドキはタイヤが泥にとられてしまうので、トナカイより雨に弱そうだ。

 トナカイが再び南下する頃には……どうなっているだろうか。あまり考えたくない。


 兵士の治療が一段落した昼過ぎ。俺はロッカールーム戻り、色々なことを考えながら着替えていた。

 血と膿で補色も追いつかないほどに血だらけになった緑色の上着を脱ぎ捨てて、自分のロッカーの扉を開けた。

 すると、扉の裏側、ちょうど目線の高さに白い蝋か何かで文字が書かれていた。


“そう言ったものが全てにおいての問題だ。ひっそりとした平和な場所は見つけられない。そんなモノは何処にもないのだから。”


 誰かが朝来たときから先ほどまでの間に書き込んでいったのだろう。

 昔どこかで読んだ本の一文に近い様な気もする。だが、その本はこの世界にはないはずだ。

 俺はこれを書き込んだヤツの出自の可能性について、ユリナからある話を聞いていた。当てつけのようなメッセージを俺の目線ぴったりに書くようなヤツは一人しか居ない。

 俺は着替えを済ませて、ある場所へ向かうことにした。



 雨振りのノルデンヴィズにはあまり良い思い出が無い。

 何かと言えば、まだ目的も見いだせず日々を過ごし、ギルドのようなことをして日銭をほそぼそと稼ぐだけだった頃、シバサキが何かにつけてキレていたときには大体今日のようなねちっこく服の下の地肌にまで纏わり付くような雨が降っていた。

 あの頃とは違う。世界の流れも人の意識も様変わりした。そして、自分自身も変われたと思いたい。

 だから、全く違う雨降りの一日なのだと言い聞かせても、やはりテントからなだれ落ちる雨水の音や飛沫を浴びたり、夏も近いというのに濡れて足首が冷えたり、鼻の奥に届く雨に打たれたノルデンヴィズの石畳の匂いを嗅いだりすると、あの頃をさまざまと思い出すのだ。


 市街地に人はまばらだ。明け方から降り続いている雨は人々を建物の奥へと追いやり、街中は打ち付ける音は雨音以外は聞こえない。


 時折傘を差すすれ違う人たちの流れに逆らい、俺は一人ノルデンヴィズのあの職業会館裏通りのカフェをめざした。

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