彼女が選んだもの 第六話
それまで連盟政府は移動魔法用マジックアイテムの貸し付け条件を緩和するように商会に圧力をかけていたそうだ。
商会は条件を緩和したが、連盟政府内部の不穏な動きを聖なる虹の橋から聞いて商会がかなりの制約を付けた。
商会と連盟政府諜報部は仲が悪い組織同士のくせに意外と連携はとれているのだろう。それとも何かの取引があったのか。
諜報部とそれを擁する政府が不仲というのがそもそもの問題かもしれない。
連盟政府は北公やユニオンの一連の行動を受けて「発生した有事を速やかに収め、連盟政府ひいては人間社会全体の早急な秩序回復を促し、更なる発展への前向きで建設的な戦いへの利用」を理由に制約を解除することを決定し、その命令を商会に出したそうだ。
制約解除は一時的なものだという(彼らの言うところの)譲歩を見せていたらしい。
だが、商会も三機関独立原則を完全無視したその決定に黙ってはおらず、徹底的に拒否したそうだ。
以前、レアは黄金捜索への協力命令の件で失敗したと言っていた。それを生かしたのだろう。
反発した政府側は「商会は北部反乱軍との取引を撤退したので敵対状態になったと見なされる。連盟政府軍と合流しすぐさま反乱軍の鎮圧をすべき。有事に際してはシグルズ指令は無効である」と主張し、その上で「秩序回復への積極的不参加は反文明的」となじったそうだ。
商会は「我々は商人であり、人間社会経済圏の円滑な取引を担うものである。私設戦闘員は軍ではない。移動魔法用マジックアイテムの所有権は依然として我々にあり、“前向きで建設的な意味を持たないこと”の判断基準は我々にある。また、シグルズ指令が無効であるとした場合、今後シーヴェルニ・ソージヴァルにより移動魔法の戦略的使用がなされた場合についての言及が不可能になる」と言い返した。
そこへさらに売り言葉に買い言葉で「基準の判断を行う機関の明記はされていない。有事は特別であり、人命と社会秩序の維持の為に臨機応変な対応が求められるのでありとあらゆる例外が発生する」と連盟政府は往生際悪く言い返した。
その結果、商会は最終的に、解除命令の撤回をするまで如何なる目的であっても全面的使用禁止という“例外”を叩きつけたのだ。大方、面倒くさくなったのだろう。
加えて、連盟政府関係者は黙っていれば問題ないという体質があるので、当面の間は非公式で記録に載らない不正な利用を防ぐ為に全て所属商人の許可と所属商人以外の所持さえも禁止したそうだ。
そこまで厳しい対応を連盟政府がよく飲んだものだ。商会に物流というカードを切られるのは困るのだろう。それとも裏があるか。
話は戻るが、ムーバリ曰く、“移動魔法用マジックアイテム”ではなく、“移動魔法”そのものに規制をかけているところがポイントだそうだ。
つまり、俺もアニエスも移動魔法を北公独立戦争、シーヴェルニ・ソージヴァル独立戦争においては使用してはいけないのだ。
シーヴェルニ・ソージヴァルは商会からも切り離されているのに何故かというと、カルルさんの指示だ。
連盟政府は移動魔法を完全に使用を禁止されていて、尚且つ使ってくる様子も無い。だから、暗黙のルールが破られない間はこちらも戦略的および戦術的に積極的な使用を止めておこうと言うことだそうだ。
この世界にも、何やら戦時国際法のはしりのようなものが出てきたようだ。
俺はまたこうして話をしていることで、アニエスのことを忘れているのだ。
話す時間が減ると喧嘩すらすることがなくなった。
そのうちに、アニエスがどこかへ行ってしまうのではないだろうか。
そう思うこともたまにあった。しかし、それを考える暇さえ忘れてしまうほどに日々は流れていった。
俺はベッドから起き上がった。
薪ストーブの上に置かれた鍋の中で加湿用に張っていた水が静かに沸騰して穏やかに湯気を上げている。
その窓越しに月が見えた。だいぶ明るいのは満月だからだ。満月の夜は死ぬ兵士が多いような、気がする。
誰かが急変すれば夜間の担当がキューディラで連絡をしてくるはずだ。
運良く連絡が無かったとしても、明朝は少しばかり早く行こう。
消えかけの薪ストーブに薪を放り込み、再びベッドへと潜り込み温かいアニエスの背中に抱きついて匂いを嗅いだ。
アニエスは違和感に薄く目覚めると、回した掌を握り返してくれた。
昔からするカモミールの匂いを吸い込んでゆっくり目を閉じた。




