彼女が選んだもの 第五話
負傷した兵士たちは絶え間なかった。
次から次へと運び込み、そして治療をしていく。体力を失った兵士たちを治療するにはとても時間をかけなければいけない。
致命傷であっても治すことが出来る場合も多い。しかし、そのような状態の兵士たちに自己修復を促す治癒魔法をいきなり強くかけると、残っている体力を消耗しきってぱったりと死んでしまうのだ。
まず致命傷を塞ぎ、出血を止め呼吸と血液循環を止まらない状態にする。その状態で体力を温存させ、様態が落ち着いてきたら本格的に治癒魔法をかける。
頭部への外傷がある場合は頭部を氷雪系の魔法で冷やし神経への損傷を減らすなど、個人個人の傷害の程度でも対応が変わってくる。
一人二人ならそこまで大変ではない。だが、数が多いとそれぞれの状態にあった治癒魔法を使わなければいけない。
次から次へと増えていく彼らはそれぞれにステージが違う。
昼間は増えていく致命傷の者たち、陽が沈み夜戦が行われればそこで増えた者たち、夜の戦闘がなければ状態の落ち着いた者、それから軽傷の者たちと遅くまで詰めることがほとんどだった。
血と膿の匂いが鼻の奥にこびりついて、身体を洗ってもとれない。アニエスに尋ねてみたが、そのような臭いはしないと言ってくれる。
実際は落ちているのだが、鼻の奥や精神にこびりついているのだ。
最初は不快だったが、毎日の繰り返しの中で慣れたのか、気にしなくなっていった。
しかし、家族のことを忘れているのではないかとふと思うことが多くなった。
戦争で前線に出ずに済んでいるだけで幸せではないかと思うかもしれない。だからといってないがしろにしてはいけないと思うのだ。
アニエスとの時間はほとんどなくなった。互いに戻ってきて簡単に食事をして何を話すでも無く眠りに就いてしまうのだ。
彼女は国土戦略魔術兵の魔術指導主任教官として新兵などに魔術を教えている。戦いに行くことはないようだった。
移動魔法はノルデンヴィズの基地からヒミンビョルグの山小屋までしか使っていないそうだ。
――少々疑問に思うことがあるかもしれない。
アニエスは移動魔法が使える。俺も使える。俺たちはアイテム無しで使えるが、マジックアイテムさえ持っていれば誰でも使うことが出来る。
つまり、やろうと思えば移動魔法を使って敵陣のど真ん中にポータルを開き突撃することが出来る。
平和にするならさっさと敵大将の首級でも取ってこいと思うかもしれない。戦争が変わって大将首とるだけでは終わらないというなら、主力部隊に奇襲でもかけて一つでも多く潰してこいと思うかもしれない。
しかし、その指示は出ない。
俺は北公所属ではなくユニオン所属と言うことになっているので指示される可能性は低いが、アニエスは正式な北公の軍人だ。
だが、彼女にもその指示を出されていない。
指示待ちをやらない理由にしているわけではない。組織に所属している以上、勝手な行動はしてはいけないのだ。
持つ力が大きければ大きいほどに、身勝手であることは許されない。
だが、やはり俺自身かつて疑問に思ったことがあり、その件で一度、ムーバリに聞いたことがある。
ムーバリは機密なのであまり言いたくないと言いながらも話してくれた。
彼自身の話もポルッカから聞いた話で又聞きであるのだが、以前俺たちや元勇者たちを追い詰めたシグルズ指令が出されたときに具体的に盛り込まれたらしい。
話したくないと言った割りにペラペラと話してくれた内容によれば、後期指令で“移動魔法の前向きで建設的な意味を持たないことへの積極的利用を禁ずる”という名目が具体的に盛り込まれた。




