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レッドヘックス・ジーシャス計画 第二話

 ここの存在は広く周知されていないはず。政府関係者か同僚かぐらいなものだ。

 またお偉いさんが愛人の記録を消してくれとか、会計のゼロを減らしてくれとか言う個人的な用事で連絡を寄越してきたのだろう。木っ端役人は出す指示も小さい。

 それにしても、私がオフィスに戻るのを知っているかのようにぴったりなタイミングで寄越してきたものだ。偶然だろう。


「ちょうどたった今で、まだ保留にしてますぅ。

 えぇとぉ、お名前は、確か……あ、ゲンズブール先史遺構調査財団のユリナ・ゲンズブールさんからですねぇ。

 大至急お伝えしたいことがあるそうですよぉ」


 なんですって!? なぜ!?

 言葉に心臓を鷲づかみされたかのように立ち止まってしまい、思わずオペレーターの子の方へ勢いよく振り返ってしまった。

 オペレーターは私の仕草に驚いたように両眉を上げて、瞬きを二回ほど素早くした。


「私のキューディラに回してちょうだい」と冷静なふりを装ってそう指示を出し、再び前を向いて自分のデスクへと向かった。


 しばらく使っていなかったデスクは埃がうっすらと積もっていた。右端に置かれたキューディラが回された回線を受信してオレンジの光を浮かび上がらせ明滅している。

 腕に付けていたキューディラを起動し、そのオレンジの光を人差し指でなぞった。


「よぉ、クロちゃん。元気か?」


 久しぶりに聞いた声はまさしく、私を死の淵に何度も押しやったあの女の声だった。

 既に速まっていた鼓動が間を開けて一拍強く打った。鼓膜の裏に心臓があるようだ。その一拍が血を身体に巡らせると、脇の下から下腹部まで冷えるような感覚が走り抜けた。

 もともと抜けかけていた足の力を抜いてもたれ掛かるようにゆっくりと椅子にかけた。大きく深呼吸をして唾を飲み込み、落ち着かせてから応答した。


「……。あら、あらあらー、ユリナさん! お久しぶりですわね! この間のコケモモのケーキは如何でしたか?」


「あ? 何言っ……」


 相変わらず、あのとき、私を半殺しにしたときと同じの、どぎつく暴力的で蹴り上げたつま先を鳩尾に執拗に刺してくるような話し方でそう言いかけた。


 馬鹿者。場所と状況を理解しろ。


 キューディラは傍受されている。それをしているのはいまや商会だけではない。

 本部には私がいない間に知らない部屋が増設されていた。外にならぶ民家に似せた建物の煙突も増え、そこから昼夜を問わず熱気が放たれて空気を揺らしているのを見る限り、新たなシステムが導入されている。

 おそらく、キューディラの盗聴施設だ。


 三秒ほど無言が続き、向こう側の生活音が聞こえてきたかと思うと、「ああ、とっても甘くて美味しかったですわ!」と甲高い女性の声がした。

 どうやら状況を理解したようだ。ユリナはその作り声でさらに話を続けた。


「わたくし、今日、ちょうどサント・プラントンに顔を出す機会があったので、お茶でもどうかと思いまして。おほほほ。お仕事中かと存じ上げますが少しばかりお目にかかれないかしら?」


「ええ、構いませんよ。私も是非お目にかかりたいですわ。どちらにお伺いすればよろしいのかしら?」


「サント・プラントンの正門に入ってすぐのカフェはいかがかしら」


「承知しましたわ。私も荷物を置いたらすぐお伺い致します。では、はい、はい、はぁーい」


 そう何度も愛想の返事を繰り返しながら震える指先で丁寧にキューディラを切り、オペレーターに返した。

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