幕間の対話 最終話
「もっとさぁあ、建設的でチートな願いにしなさいよ。シバサキなんかものすごい食いついてきたわよー?
まぁ私はそういうがっつくヤツ好きじゃないから、五回中三回私任意のタイミングで失敗するとか、こっそり制限つけまくったけどねー」
「これ以上いらない。
俺はリンゴのマークの電話すら使いこなせなかったからな。今以上のチートを貰っても、どうせ使いこなせない。
欲張ってもメモリ不足になるだろうし」
「他のにしなさいよー。千、いや、億載一遇のチャンスなのよー? それならホタテ貝の貝柱を簡単にとれるようになる能力とか光よりも素早く貝の水抜きが終わる能力とかにしちゃうわよー?」
「そうか。残念だ。出来ないのか。
あんたは愛の女神のくせに、誰がどのくらい愛されたかも分からないのか。やっぱり愛を分かってる風の色情オバハン女神なんだな。
それとも、愛の女神とかいうわりに、自分が愛されることしか興味ないのか。さすがゼウスチ○コの泡から生まれた女神様だけあるな」
皮肉を言おうとしたが、皮肉ではなくただの下品な悪口になってしまった。言ってから言い過ぎたとは思ったが、怒り狂うことは無かった。
「チッ、面白くない男ね。いいわ、教えてあげる。約束だものね。
心して聞きなさい。セシリアはとても幸せだったわ。あんたたちの愛情を目一杯受けて、幸せに暮らしていたわ。
短い間だったけど、あの子は一生分以上に愛されて、それはそれは幸せだった。よかったわね。愛の女神に誓ってそれは間違いないわよ。
でも、あんたも実は薄々分かってたんだじゃないの?
それでも私に尋ねたのは、誰かに保証して貰いたかったからでしょ。
そんな占いの結果とかマルチ商法の話し方みたいな誰でも出来る俗物的な物言いで誤魔化すのは、神様である私のすることじゃないわねー。
願いを叶えるって言った手前、全部教えて上げるわー。
愛は一度満たされれば、より多く求めるようになるの。だから、完全な状態の愛というのは存在しないの。
あなた達の間には不完全で不器用だけどそこには確かに愛情があった。
完全な愛は存在しない。だからこそ、その愛情は完全とも言えるわね。愛の女神としては及第点以上あげてもいいわ。私のお墨付きよ、よかったわね」
言い終わると、しっしっと追い払うように掌を動かした。そして、首を背けるようにして腕を組んだ。
「これでいいかしら。むかつくわね。さっさと帰んなさいよ、ウザいわね。ほんっとに失礼なやつね」
胸の辺りが熱くなった。鼻から息を吸い込むと、この空間の消毒された後のような埃の全くない無機質な匂いで肺が膨らんだ。少しひんやりしていて、熱が冷めるような気もした。
吸い込んだ息を吐き出して、額に手を当てて擦った。目頭も熱くなり始めたので俺は掌で顔を隠して下を向いた。
「そうか」
それ以上に言葉を出すことが出来なかった。言えば声が震えてしまいそうだからだ。
視界の隅で女神が腰に手を当てているのが見えた。腰に当てている掌が握られた。
そして、「何満たされた顔してんのよ! むかつくわね!」と右足をダンとならした。
俺がそんな程度で満足したのが悔しいのだろう。気持ちは分からないこともないが、俺にはそれで充分だ。
嫌味でも何でも無い「ありがとう」と礼を言った。
鼻頭まで熱くなっていた。しかし、落ち着いてきたのでもう一度鼻から息を大きく吸い込みながら顔を上げた。
女神は下唇をかんで顔を真っ赤にしながら俺を見ている。
「愛って漢字は人が過去を振り返るって意味があるんだよ。でもなぁ、ただ振り返るだけじゃないんだ。
未練だの何だのって言うのがいるけど、それがあったとしてもゆっくり足を進めながらしているんだ。
つまり、立ち止まってはいないんだ。
やっぱりあんたはまさしく『愛』の女神だ。おかげで俺は前に進めそうだよ」
ありがたくて笑いかけたが、俺の顔は嫌味なものでしかないだろう。
女神はついに拳を振り上げて地団駄を踏み始めた。
同時に意識が遠のいてきた。願いを叶えたから現世に戻るのだろう。視界はぼやけてきて深い眠りに落ちるような気分になった。
だが、その耳の中に女神の声が聞こえた。
「キーッ! うざいうざい、うっざぁーい!
ふ、ふん。安心するのは早いわよ。愛は目の前のことしか見えていないからね。
それに、あんたにはもう一つ試練があるから。覚悟してなさいよ。
さて、あなたは次は一体どんなことを『愛、故に』してくれるのかしらー。楽しみねー」
やや負け惜しみのような捨て台詞と無理矢理な笑い声が遠くなっていった。
何だって、いいさ。乗り越えてやるよ。あばよ、愛の女神。シバサキによろしく。
そして、真っ暗闇に包まれた。




