幕間の対話 第三話
結論から言えばシバサキの目的は若返りらしい。
そこに至るまではクロエがクライナ・シーニャトチカの路地裏で話していたことを思い出せば何とか説明が付く。
世間一般に広く言われている“魔法”と言うものは、現時点でわかっているのは、通常は発動されて最初にでた影響までと定義されている。
例えば、炎熱系魔法。唱えて発生したあらゆるエネルギーの上昇・凝集。雷鳴系は唱えて発生したエネルギーの値の移動。氷雪系はエネルギーの降下・拡散まで。治癒魔法は体内のエネルギーの調整によるホメオスタシスの後押し。錬金術は魔力によるエネルギーの変換や転換。
つまり、それは元を辿れば全て同じなのだ。それはあのオージーとアンネリが解明したことから導かれて、今では“発動―作用中間理論”と呼ばれている。
しかし、時空系はその三つの集団からは独立している。
基本的な魔法において作用系は全世界であり、乱雑さの増大の速度を周囲に押しつけるもしくは奪うことで魔法は発動している。
時空系魔法も同様にその増大を緩やかにすることが出来る。
乱雑さの扱いについては同じではあるが、大きく異なるいくつか点がある。その中でも特筆すべきは、世界に作用するか、個人に作用するか、と言う点だ。
通常であれば系は全世界であり常に一つであるはずのその二つを完全に二つの系に分けてしまうのだ。
一見するとまるで関係の無い一般的な魔法と時空系魔法だが、時空系魔法は最初の三つを対偶の位置に置く方法だというのが最近の研究でわかってきた。
真実の裏の否定は対偶。これを支配するのが時空系。時空系は全ての支配者。つまり、その三つの集団の裏を否定すればそれは対偶となる。
金の持つ魔力絶縁性はつまり魔力の否定。否定することができるというのは大いなる事だ。
シバサキたち連盟政府の研究者はその魔術三大根源の裏を否定することが出来れば、途絶えた時空系そのものに頼ることなくすべてを支配できるようになると考えている。
魔法利用において、殊に魔法単体での利用においてはシンギュラリティを迎えていると言っても過言ではない。
現にそれに気がつき始めた北公やユニオンは、魔法を持たないエルフたちの国であるルーア共和国が独自に発展させてきた優れた科学を応用し始めている。
それぞれのシンギュラリティを越える方法は異なっている。連盟政府はその手段として全知魔法を完成させることを選んだのだ。
そのためにシバサキたちは黄金を必要としていた。
クロエはエルフと人間の精神的進歩とその先にある共存の為にその魔法を完成させようという風に語っていた。
彼女は諜報部員であり信頼に足るかと言えば怪しいが、それでいて研究者でもある。嘘偽りが完全に無いかと言われれば怪しいが、その言葉には確からしい信念はあった。
だが、そのクロエの上司はと言えば、ただ自分が若返りたいだけだそうだ。
クロエの言葉は、少なくとも彼女の口から出たときは大言壮語なだけではなく確かな可能性を感じさせたので、それを受け容れた上で黄金捜索を始めた。
しかし、黄金がないと分かったさらに後に、俺たちは砂の大地を横断し、戦い、左腕を失った。
そして今になって聞かされたシバサキが黄金を見つける理由というのは、彼の抱く抗いようのない老いへの恐怖からの逃避行の為だけだった。
目的とか志とかを聞いただけの規模で値踏みして、高貴だとか底辺だとか評価するのはクズのすることだと分かっている。それに、北公にとっては大きな収穫があったのは間違いない。
だが、俺は俺だ。俺自身は最終的に腕だけではなくセシリアまでも失った。
何を今さら、と一言でまとめられるほど俺は強くないので、思い起こせばこみ上げてくる虚しさと馬鹿馬鹿しさだけが残っていた。
しかし、シバサキはこの女神から数々の力を貰っているはず。
そうであるにもかかわらず、何故彼は若返りという願いを果たせていないのか。
「ハイ質問」と言うと女神は人差し指を向けて来た。
「あんたはなんでシバサキに直接若返りの力を与えなかったんだ? 俺は、あんたからではないけど、回復魔法とか言う時間を巻き戻すことが出来る力を貰ってる。あんたが上げれば早い話じゃないか」
「何言ってるのよ。それじゃあ、全然面白くないじゃない」と女神はあっけらかんと言った。




