幕間の対話 第一話
長い夢から覚めたような気分で目を開けると、足下には綺麗な芝生が広がっていた。
綺麗、なことはきれいなのだが、人工芝のように艶があり、そして土が少しも付いていない。踏んづければする青臭さもしない。
草をかき分けても地面が顔を出さないような芝生は起き抜けながらに不気味に感じた。
俺はどうやらベンチに腰掛けているようだ。
顔を上げると目の前には畔が見えている。だが、霧が濃く白一色の世界で一メートルほど見えていた畔より先の湖は見えない。
そして、不気味なのは芝だけではなく、見えている湖には波が立っていないのだ。風に波打たない穏やかな水面ではなく、まるで時間の静止した立体映像のように、波長を止めたまま動かないのだ。
お香を炊いて意図的に作り出したような白樺の樹皮の匂いが漂ったので周りを見回すと、背後には白樺の木が二、三本見えていた。だが、それよりも奥は霧が濃く何も見えない。
寒くもない。霧が出ているのに肌が湿るような感触もない。ただ無機質で、足下の芝生は踏めば手折るが柔らかさはなく、まるで紙でも踏んでいるように感触が粗い。
不気味さと既視感に前に向き直ると
「家族愛の試練はどうだったかしらー?」
と声がした。
霧の中から湿った芝生を踏みしめて近づいてくる足音が聞こえてきた。
試練だ? そのようなことを受けようとした記憶は無い。
試練は望んで受けるもので、押しつけられるものじゃない。俺はただ嫌な思いをさせられただけだ。
試練が終わったらしいという今、少なくとも俺は何かを得られたとは思えない。
終わった後に言うそれは、ただの嫌がらせに最もらしい名前をつけているだけだ。
「あんたのせいか?」
何もかも知っているかのような、まるで全てを掌の中で操っていた様な言い方に、さらに語尾を伸ばすその話し方に、眼瞼がひくつくような不快感が走り声のする方に向かって語気を強めて尋ね返した。
「本来、神がヒトに与えるのは加護か、一方的な暴力だけよー。ヒトを直接幸福にはしないし、チャンスすら与えない。逆に妨害もしない。
加護によって自ら幸福になるか、暴力がたまたま妨害になるか。ヒトがそれを神のせいにしているだけ。それなのに私は一体何をあげてるのかしらねー」
そう言うと、いつもの女神ではない方の女神が姿を現した。
「俺が家族を失ったのはあんたが仕組んだのか?」
「私のせいにしないでよー。私は愛の女神よー。ヒトとヒトの間に愛があれば、そこに暴力と加護を与えるだけ。その方が燃え上がるんでしょー?」
と言った後に口に手を当てて笑い出した。
「つまり、あんたの道楽のせいで俺は娘を失ったってことなんだな。だから、愛を語るヤツは嫌いなんだ」
睨みつけると女神は笑うのを止めた。そして、首をかしげて見下してきた。
「あらあらー? セシリアちゃんのことを愛していたんじゃないのー?」
「愛は与えるのも求めるのも必要だけどな、語るヤツは結局自分の愛しか考えてないんだよ。
愛される側の気持ちを考えてない。自分の愛は、するのもされるのも全て美しいとバカみたいに虚像を押しつけて、自分だけは本物を得ようとするクソッタレだ。
今俺が語ったのがまさにそうじゃないか。それに、あんたみたいな愛の女神なんてのは、その人間の馬鹿げた愛情が生み出した神様だもんな」
俺が言い終わるよりも早く、女神は「だまんなさいよ」と語気を強めて言った。
「あんたに何がわかるのよ。一人しか愛したことないクセに」
「愛は多ければいいのか? 多くなるほどにうさんくさくなるぞ?
一個だと足りない。多いと本物じゃないと言われる。
あんたが愛は多い方が良いって言ったら、この世の全ての愛もあんた自身もうさんくさい存在になるな」




