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見守る者 第六話

「――それで」


 オレには耐えきれない。再びストレルカに話を振ろうとした。

 口に出してから何を話すか考え始めたが、ありがたいことに、聞きたいことはすぐに見つかった。


「それでスプートニクもそいつらもその後はどうなったんだ?」


 そう尋ねると、ストレルカは待っていたかのように目を開いた。そして、ベンチの横に移動して落ちてくるように腰掛けると、鼻から息を吸い込んだ。


「スプートニクは空へ帰り、ベルカとストレルカはこの世界の最初の夫婦になったそうだ。その子どもがルスラン・ブルゼイらしい。

 ふわふわと曖昧で如何にも昔話らしいな。やがて空へと帰ったスプートニクは、今も空から絶えず見守っている。

 元は別の意味があったらしいが、スプートニクをエノクミア語に訳すると、今は“見守る者”だそうだ。

 どこまで本当だか。連盟政府の当てにならない歴史とも、エルばーさんの話とも違う。

 ま、昔話だからな。おとぎ話感覚でいいだろ」


 そう言って振り向くと口角を上げた。


「“見守る者(スプートニク)”か。孤独に空を飛び続ける宿命を負った者か。

 音に溢れた地上は目に見えるが、決して触れることは出来ないもどかしさ。

 手元にある温かな記憶は僅か、それを掌の中ですがるように転がし続ける」


 それは身近なところで起きているような気がした。ふと部屋のドアの方を見ると、それが何であるかに気がついた。


「セシリアはベルカとストレルカを率いてブルゼイ族を新たな国へと導いた。それが終わると空へと帰り、遺された者たちが幸せになるように見守っている。

 まるで、スプートニクだな。スプートニクは帰路に就いた、か」


 それが皮肉にも、ルスラン・ブルゼイの直系の子孫だというのだ。

 ベンチの背もたれに寄りかかり、頭を乗せた。すると二人ともまたしても黙り込んだが、ストレルカは何かを思ったのか、眉間に皺を寄せて視線と首を左右に動かした。

 そして、表情を変えずにオレを見てきた。


「いや、セシリアは孤独だったのか? イズミやアニエス、それから他の連中に愛されていたと、少なくともアタシは思うぜ」


 確かにそうかもしれない。オレたちは誘拐犯として現れた。その後はセシリアを守ろうという者が群がってきた。

 そうしている内に、一度は乱暴に誘拐したオレたちもいつの間にかセシリアを守る側に付いていた。


「オレたちはどうだろうな」


 自分たちも守る側にいられたのではないか、確かめるようにストレルカに尋ねてしまった。


「誘拐して麻袋に詰め込んで……。まともに優しく出来たのはあの人形くらいなモンか。最低だな」


「そうか」


 部屋から聞こえる声はいつの間にか静かになっていた。


「どうやらお別れが済んだようだな」


「もう少しそっといてやれよ」


 オレは椅子にかけ直して背もたれにもたれかかり、両足を投げ出すように組んだ。そして、イズミたちに余韻を持たせた方が良いと思ってストレルカを止めようとした。

 だが、ストレルカは壁から立ち上がり、軍服を整えた。


「そうも言ってられないさ。さぁ、行くよ。ベルカ。

 アタシらはこれから弔う二人に割って入って、セシリア女王の亡骸を運ばなければいけない。

 悲しんでいる暇もなければ、隙を見せてもいけない。冷たく、冷徹に、国の未来のために。

“死者は生者のためにある。死は恵みをもたらす大いなる門出。やがて来る死は無駄にはならない。無駄な生者などいないのだから”。

 腐っちまったら元も子もねェよ」


 ストレルカは部屋を親指で指した。

 腐るってなぁ、お前。冗談だってのは分かるが、笑えないぜ。


「やれやれ、参ったぜ。相手が誰であろうと嫌われたくないモンだ」


 膝に手をついて重たい身体を押し上げるようにベンチから立ち上がり、彼女の曲がったチョウトンボのブローチを直した。




――よく言うだろう。死んでるのか寝てるのか、わからないって。

 オレたちが見たセシリアは、本当にただ眠っているかのようだったんだぜ。


 部屋に差し込む朝焼けを浴びたその顔は長く続いた痛みでやつれてはいたが、生前の死ぬ間際の苦しみなどそこにはみじんも感じられず、ただ穏やかに目を閉じていた。そして、どこか微笑んでいるような。


 オレたちにとって、傷の一つも付いていない亡骸を見たのは、生まれて初めてのことだった。


 人は誰しもやがて死ぬ。

 だが、人の死は、全てこのように安らかで穏やかであって欲しいと思った。


 もちろん、自分たちも――。

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