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シロークは妻に懊悩する 第二話

 シローク・ゲンズブールは不思議な男だ。


 ウェーブがかかっていて濃い緑色をした髪。瞳の色は黄緑。珍しい容姿をしているが、それよりも彼の人となりが不思議なのだ。話し方ひとつとっても、仕草一つとっても、これまで会ってきたこの世界の数多くの人間とは異なる雰囲気をもち、元いた世界の人間とも違うまた別の世界の人間のようだ。どこにでもありそうな服装をしているが、ほこり一つついていいないうえに上質な生地が使われているのがわかる。

 そのありふれた格好がますます彼の不思議さを引き立てた。見たところ、年齢は三十代後半だ。しかし、本当に見た目通りの年齢かどうか、年の取り方まで違うのではないだろうかと思ってしまうほどだ。


「いやいや……、助かった」

「無事ですか? 怪我はなさそうですが」


 汗だくのその男は近くにあった岩に腰かけて顔を両手で擦った。


「ああ、も、問題ない。ありがとう。この辺には疎くてな……」


 彼の言うこの辺、というのはストスリアからほど近い街道の途中だ。迷ったなら街に向かえばいいと思うのだが、そうはしなかったようだ。どこから来たのか、移動の際に運悪く魔物の縄張りに踏み込んでしまったようで、以前退治したイノシシに似た魔物の群れに襲われていた。


 ちょうどその時俺たちは、チームとして活動を始めてから二週間ほど経ちシバサキが放ったらかした依頼もすべて片づけたので、レアとカミュの提案でたまにはストスリアで依頼を受けてみようということになり、思い切ったことはせず簡単な魔物退治依頼を受けていた。偶然にも駆除対象をまとめて連れて来てくれた彼のおかげでその魔物たちを一網打尽にできた。


 片付けや成果回収をオージーとカミュとククーシュカに任せて、レアと彼の様子を見ていた。脅威は去ったが、膝をかくかくと動かしていたり、ため息をこぼしていたり、まだ落ち着きを見せない。どうやら迷子になっているようだった。


「大丈夫ですか?」

「あー、えと、まぁ、大丈夫、ではないんだが。どうしたら、いや、大丈夫だ」


 苦々しいつくり笑顔でこちらを見つめているが、どうみても焦りまくり、言葉に詰まりまくる彼は大丈夫だとは思えない。迷っているのにこのまま放っておくわけにはいかない。


「街まで送りましょうか?」

「えっ、あ、いやそれは大丈夫だ」


 落ち着きを見せ始めた呼吸が大きな動作のせいで再び早くなり始めてしまった。冷静に会話ができるまで少し時間がかかりそうだ。俺とレアは目配せして彼の傍を連れ立って離れた。


「とりあえず休んでいていください。俺たちは向こうにいますんで」



 処理をする仲間たちを見に行くふりをして、少し離れたところでレアに話しかけた。


「あの人、放っとくのマズいよね。大丈夫とは言ってるけど、そんなはずなさそうだし」

「確かにそうですね……。おそらく迷子になった役人かもしれないですね。身なりも整っていますので。ただ、こんなところを護衛もつけずに一人で歩いているのはだいぶ訳がありそうですが……」


 口元を押さえ、レアは視線だけで彼を見ている。


「話した感じではそこまで危ないとは思えないんだけど」


 少し呆れたように彼女は俺を見た。


「イズミさん、何とかしてあげたいのは分かりました。”ニオイ”とか”雰囲気”とか、そういうのはあまり信用していませんが、私の経験では彼は偉い人のように思えます。もし、どこかへ送るとか何かするなら、あまり素性を詮索しないのが賢明ですね。まず必要な情報を、彼の目的地だけを聞きましょう」


 彼のほうをちらりと見ると、レアと俺が話しているのを怪訝そうに見つめている。そして、向き直り目が合うと、びくつき上体を後ろにそらせながら顔が引きつらせていった。すぐそばまで行くと、今にも逃げ出しそうにのけぞり両手を前にしている。


「えーと……、どうかしましたか?」

「き、君たちはな、何を話していたんだ……?ま、まさか……、身ぐるみ剥いで……」


 レアが彼の言葉を強引にさえぎった。


「いえ、そんな話はしていませんよ。お困りのご様子なので、何かお役に立てればと思いまして」

「そんなことを言って、本当は野盗か何かなんじゃないだろうな……?」

「ご安心ください。私は商会のものですし、彼は賢者です。あなたを助けたのも依頼のついでですので」

彼は賢者と言う言葉に、目を見開いた。ネームバリューとは素晴らしいな。俺は何も言わずにレアの横で頷いた。彼女が中心になって話を進めたほうがいいだろうと思い、黙っていることにした。

「失礼ですが、もしかして迷子になられましたか?」


 それを聞くと男は姿勢を戻して、額を擦った。


「君たちには関係ない、と言いたいのだが、実は迷子になってしまってね」

「迷子ということなのでどちらかまでお連れしたほうがいいと思うのですが、目的地はどちらなのですか?」

「……南方の町だ。いや、だがそれは結構だ」

「それはだいぶ遠いですね。危険な道のりもあります」


 そういうと男は両手で頭を抱え始めた。


「というか、ここはどこなんだ……」


 そのまま髪の毛を握っている。これはだいぶ重症な迷子のようだ。海から離れたここまで平和に来られたのが不思議だ。


「ここはストスリアですよ」


 しかし、顔を上げて見つめてくるも男の眉は八の字で、言われた地名がどこだかわからない様子だった。学術都市としては大規模なほうなのだが、街に入るのが嫌なほど人嫌いで、よほど世間に疎いのだろうか。



 その反応を見たレアはしばらく黙り込んだ。そして、「ではこうしましょう。その目的地までお送りすることを『事情を聴く必要もない』ような『些細で個人的な』依頼としてお受けします」と言った。


 街の規模としてはかなり大きいストスリアを知らず、整った身なりなのに護衛が一人もいない彼をレアは少し怪しんだのだろう。含みのある言い方をした。その中に彼女の魂胆が見えた気がした。

 このまま放置することはできないが、俺が余計なことを聞いてまた厄介ごとに巻き込まれないようにするために、そして、この怪しい存在をレアが監視するために、なるほど、仕事にしてしまおうということか。魔物退治も終わったし次の依頼を探す手間が省けたわけだ。


 その男はさっとレアの顔を覗き込んだ。彼女の言ったことの意味が分かったようだ。


「初対面で、助けてもらっただけで君たちが何者かを察することは、すまないが、できない。だが、賊ではないことはわかった。では、その『些細な依頼』を君たちにお願いしようと思う。情けない話だが、藁にもすがりたいのでね」

「かしこまりました。私はリーダーではなく決定権はありません。リーダーは私の横にいる方です。イズミさん、構いませんか?」


 こちらを向いたレアに小さくうなずいた。俺のしぐさを見たその男は肩の力を抜いた。


「そ、そうか。ならば交渉次第で頼もう……。報酬は、すまない。相場がわからないのだがこれくらいでいいのだろうか」


 といって懐から紙を出し、さらさらと何か書き始めた。500000ルードと提示してきた金額は通常の十倍ほどあった。これにはさすがのレアも黙ってはいなかったようだ。首を後ろにそらし、えっと小さな声で言った。


「あの……、これはちょっと、いただき過ぎですね。個人の依頼で記録が曖昧でも、これはいただき過ぎかと……」

「い、いや、構わない。相場は知らないのは事実だが、与えすぎなくらいの額を提示したときの反応が見たくてね。やはり君たちに任せるとしよう。た、試すようなことをして済まない。早くぼくを連れて行ってほしい。日程も前後するだろうし道具も必要だろう。だから提示した額で頼むとしよう。支払いはル、ルード通貨でいいな」

「それならば移動魔法でお連れしましょうか?そのほうが早くて割安に、、、」


 レアがそういうとその男はギョッと全身で飛び上がり、大げさに手を前に突き出した。


「んあっ!? 使えるのがいるのか!? そ、それはダメだ!手間と時間はかかるが、できれば、あ、いや絶対、絶対! それは使わないでほしいんだ! 頼む!」


 移動魔法という言葉に突如として過剰に反応した彼に驚き、レアは口を開けて見つめている。


「……かしこまりました。報酬は十二分にいただけるのでご希望に沿いましょう」

「お、お願いする。改めて自己紹介しよう。私はシローク。シローク・ゲンズブールだ。よ、よろしく」

「イズミです。よろしく」

「トバイアス・ザカライア商会のレアと申します」


 俺は彼と固く握手を交わした。掌は温かく、剣を扱っているのか分厚かった。彼の名前を聞いたとき、レアの下瞼がわずかに動いたような気がした。彼女の自己紹介はいつもなら元気よく役職とフルネームも伝えるが、彼と握手をする彼女には終始硬い印象があった。


「依頼は明日からでも構いませんか?今日はもう遅いので」

「構わない。よろしく頼む」


 それから俺たちは誤魔化しに誤魔化した個人契約の書類作成をして、集合時間と場所を決めた。レアの準備作業と彼の意向の兼ね合いで集合時間は昼過ぎになり、場所はストスリアの外の街道沿いとなった。


 彼は、以前は街の宿を利用していたようだが、あまりの人の多さにうんざりしたようだ。その気持ちはわからんでもない。それ以来は野宿をしながら転々と迷っているらしい。おそらく今度のその場所が集合場所になったのだろう。そして話がまとまると解散になった。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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