見守る者 第一話
ストレルカは壁により掛かり、腕を組んで硬く目をつぶっている。
ノルデンヴィズにあるルスラニア公使館三階の短い廊下を無機質で白い照明が天井から照らしていた。
久しぶりに付けたストーブはうっすらと積もっていた埃を焦がす匂いを漂わせ、暗い窓に音も無く吹き付ける雨粒は深夜のノルデンヴィズの夜更かしの街灯りをぼやかし、時折集まると線になって枠へと落ちていった。
オレたちが呼び出されたのは未明だった。隣の部屋で交代で護衛をしていて、少しばかりぼんやりしていたときだ。
アニエス上佐が赤い髪を振り乱してノックもせず部屋に飛び込んできたのだ。
焦った声でまるで怒鳴るようだったが、くまの出来た目は震えていて表情には悲しみが浮かんでいた。
セシリアがはっきりと意識を取り戻したそうだ。オレもストレルカも、それがどういうことかすぐに理解した。
全てはエルメンガルトのばーさんが言った文献の通りにセシリアはなっていたからだ。長い発熱の後に意識が戻るとは、即ち。
それからオレたちはカルル閣下とムーバリ准将、一部ルスラニア政府関係者にキューディラで連絡を手当たり次第入れた。
先日、彼らとイズミとアニエス上佐の話し合いが設けられた際に、臨終時は三人だけで過ごすという保護者二人の意向を尊重するということが予め決まっていた。
部屋にオレたちは立ち入れない。だが、セシリアの亡き後の処置のために臨終した直後を見計らって部屋に入らなければならないのだ。
オレたちはかつてセシリアに酷いこともした。
しかし、それ以降は多少は距離を縮められたと思っている。今では何にも無い赤の他人ではないと、多少なりとも、少しだけではあったとしても、前向きに思いたい。にも拘わらず立ち会うことが許されない。
それはイズミたち保護者の意向なので仕方ないとしよう。
だが、死後は流れるように物として扱わなければいけないというのが、予め決定されていたとはいえあまり良い気分はしない。
腰を掛けると前に出る膝がかたかたと揺れてしまうのを感じる。
気を紛らわそうとストレルカのほうをみると、背中の壁が固い様子で何度も姿勢を変えていた。しかし、それでも頑なに座ろうとはしないのだ。
昨夜から振り始めた雨によりよく冷えた壁を寒色の照明が照らしさらに寒々しくしている。彼女がなぜそこに無理してまで寄りかかるのか、オレには理解出来なかった。
どうしようも無い時間の過ごし方なんざ、好きにすれば良いさ。
膝の上に肘を乗せて掌を合わせて、それを口に当てた。親指を立ててそこに顎を乗せ、目をつぶった。
オレもストレルカも何も言わなくなると、ストーブが空気を暖めて動かしている音、気にならなかった雨粒が窓を叩く音、そして、次第に部屋から悲しみにくれる声がドアの隙間から漏れて聞こえ始めてきた。
それが聞こえてしまうと、ただやり過ごすということさえも堪えられなくなる。
いっそのこと、ルスラニアの軍人としてではなく、ベルカとストレルカというあのツィゴイナーにすぎなかった二人に戻り、押し入るように部屋に入って看取ってしまいたい。
だが、与えられた軍服を着て、それで飯にありついている以上、ここで待つことしか出来ないのだ。




