スプートニクの帰路 第百十四話
そんなわけがない。
自分の娘が苦しむのを見て楽しむ親がこの世界にいるとは思えない。少なくとも俺はそうではない。
どれだけ責められようともセシリアが傍にいるのでそれまで堪えていたが、さすがに抑えきれなくなってしまい「楽しいわけないだろう!」とついに言い返してしまった。
「この病気は、セシリアがブルゼイ族の、今ここにいる、俺たちが愛し続けてきたかけがえのない可愛い娘である限り、どれだけ子どもに巻き戻したとしても何度でも発症する。
例え生まれたばかりの赤ちゃんにしてもだ!
俺は思ったさ。人間は死ぬものだからそれから逃げてはいけない。自然界のルールから逸脱している。
そんな大人ぶった理由を付けて、回復魔法を使わないことにしようって決めていたんだ。
だけど、目の前で苦しんでいるセシリアを見ていたら使いたくなって仕方ないんだ。
今だって、すぐにでもかけて走り回るセシリアを見たい!
でも、それじゃダメなんだ! セシリアに、何度も何度も苦しみを繰り返せってのか。何度も何度も死ねってのか。何度も何度も、俺に死んでいく瞬間を見ろっていうのか……?」
自制が聞かないほどに大きな声でアニエスをまくし立てるようになってしまった。だが、自分の声でさえ頭に響くような感覚に包まれると、強烈な目眩が起きた。
「セシリアに残された時間は少ないかもしれないと俺は思っていたさ。君もそれを分かってくれていたものだと。
だから、俺は君と力を合わせてこの数ヶ月、セシリアを世界で一番幸せな子どもにしようと……」
寝不足がたたったようだ。
視界がぐわんぐわんと揺れているような感覚に続いて、高くて聞き取れないが頭いっぱいに鳴り響く耳鳴りが聞こえ始めた。
そして、速まる心拍にあわせるかのような頭痛が起きた。やがて、力が抜け始めて足下がふらつき、ついには膝が崩れそうになった。
咄嗟にアニエスが腕を掴んで支えてくれたので、頭から倒れ込んでしまうことはなかった。
彼女に支えられて後退り、椅子に落ちるようにかけた。顔を両手で擦ると、冷たさと汗とは思えないほどねっとりとした感触があった。
「ごめん。言い過ぎた。少し一人にしてくれ」
アニエスは何も言わなかった。
一人にしてくれと言うと、彼女はいつも何も言わずに五メートルほど離れたところに移動するのだ。
いつも通りに彼女はそのまま五メートルほど離れた。だが、いつもよりも少しだけ遠くに感じた。
俺の言ったことを僅かにもで理解してくれたのだろうか。その上で彼女も一人になりたかったのだろうか。




