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スプートニクの帰路 第百十三話

“あの魔法”とは、この世界にある時空系魔法の使い方の一つの“相対的時間減衰(テンポリトログラード)”のことだ。

 アニエスだけには、世界の流れから逸脱した時空系魔法の中でもさらに異質な魔法を使えることを教えていた。

 だが、大きな力にはその大きさと同じくらいの代償が伴う。“あの魔法”の代償はまだ分からないが、おそらく計り知れない。


相対的時間減衰(テンポリトログラード)”とは時間の回帰だ。当初、俺はそれを知らずに治癒魔法と同じようなものだと思い込んで、回復魔法として当たり前のように使っていた。

 絶対的に平等であったはずの時間を不平等にして、人間の持つ魂さえも現象の一つにまとめて、それを巻き戻すという、命への冒涜とも等しい。

 真実を知ってからは、治せない怪我病気は確かにないことを悟った。だが、命を単なる現象として捉えることができない俺には限界があった。

 それからは一度しか使っていない。そして、それはセシリアのためだった。

 代償が罰として降りかかるのが自分だけなら構わない。だが、自分だけでは済まされないというような気がしてならないのだ。

 しかし、俺がすぐにでも使わない理由はそのような壮大なものではない。


「治せる、いや、違うな。対症療法でしかない。……それでもないな。本当にただの姑息的なやり方だ。原因療法、そもそも治療ですらない」


「でも、こんなに苦しんでるんですよ? 楽に出来るなら……」


 アニエスはセシリアの横に腰掛けたまま、血色が悪くなった額に再び手を当てた。反応のない頬や額を優しく撫でている。


 元の原因を完全に治すと言うのは……一体どうやって伝えればいいのだろうか。

 完全に治してしまうと言うのは、ブルゼイ族の王家尚書諸侯で長年続けられていた近親者同士での結婚により蓄積した遺伝子のエラーを全て取り除くということだ。

 それはセシリアを作り上げてきたこれまでを全て否定することでもある。つまり、セシリアは消える。

 セシリアを症状が出る前に戻せば、その作り上げてきたものを残すことになる。セシリアはまたこの状態に戻る未来が来るのだ。根本原因の解決にはならない。


「セシリアの病気は時間を戻せば治るなんてもんじゃないんだ」


「どういうことですか? よくわからないです。病気になる前に戻してしまえば済むはずです」


「彼女の遺伝子、身体の設計図そのものに刻まれてしまったものなんだよ」


 言葉が気に入らなかったようだ。

 アニエスは柳眉を逆立てて立ち上がり、俺の方へと向かってきた。


「生まれながらに病気だなんて、そんな差別的な言い方する人はイヤです!」


 目の前に立ちはだかると俺を見下ろして声を荒げた。

 そう。分からなければ、そういう受け取り方しか出来ないのだ。知ってしまった。知っていることがどれほど辛いか。


「アニエス、よく聞け。

 これを根本的に治したければ、この子の、この子の一族の歴史を否定しなければいけないんだ。

 この子だけの時間を戻すなんてものじゃ済まない」


「できないからやらないんですか?」


 アニエスはまだ睨めつけながら強く言い返した。


「できないんじゃない。完全に治すことが出来る可能性はある。だけど、できたところでセシリアは存在しない。

 わからないだろうけど、生まれる前に決まっている遺伝子の病気なんだよ。

 彼女の親の親の親の親の、さらにその親のもっと前からこの世界にいたことを否定するようなものなんだ」


「そんなの、ブルゼイ族への差別とかわらないじゃないですか!? どうしてそういうことを言うのですか!?」


「そうじゃない。じゃあ君が言うとおり、今ここでセシリアを元気だった頃に戻して見せようか!?」


「そう言うなら早くやりなさいよ! 可哀想だと思わないのですか!?」


「でも、俺はやらない。君がどれだけ言っても、君の願いであっても、俺は絶対にやらない」


「なんでですか!? 最低です! 苦しむ姿を見て何が楽しいんですか!?」

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