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スプートニクの帰路 第百八話

 観音開きのドアを開けると、ベッドの上でセシリアが上半身を起こしていた。

 彼女は入ってきたムーバリを見ると弱々しく微笑んで「久しぶり、ムーバリおじさん!」とかすれた声で挨拶をした。

 ムーバリはベッドの脇に歩み寄ると「ご機嫌麗しゅう。女王様」というと大げさに跪いて、持ってきた花束を渡した。赤と黄色のクリスマスローズの花束だった。

 セシリアは照れくさそうに「やめてよ、もう女王様なんかじゃないもーん」と頬を膨らませてそっぽを向き、怒ったふりをした。


「時期が時期で花があまり無くてね。クリスマスローズくらいしかなかったよ。花言葉もいくつかあってネガティブなものもあるんだけど、『いたわり』というのもあるんだ。どうぞ」


「嬉しい! ありがとう!」とセシリアは満面の笑みを浮かべて受け取った。


「でも、花言葉なんていいの。こんな綺麗なお花、わざわざ探して持ってきてくれただけで嬉しいの」


「毒があるからね。綺麗で美味しそうでも舐めちゃいけないよ」


「舐めないもん! ふふふふ」


 セシリアはムーバリと楽しげに笑い合っている。

 アニエスはセシリアから花束を受け取ると、花瓶を探しに部屋を出て行った。俺は近くの化粧台から椅子を動かしてベッドの脇に置いてムーバリを座らせた。


 会話の中でムーバリは「今は辛いけどすぐ治るよ。治ったらあのビーネンシュティヒを食べに行こう。たくさん食べさせてあげる約束だからね」と嘘をつき続けてくれた。


 ムーバリがただ冷たいだけのヤツではないことを俺は知っていたからこそ、そして、セシリアが望んだからこそ俺は会わせたのだ。


 ムーバリの嘘が嘘だと分かっていたが、何度も繰り返しているうちにもしかしたら本当にすぐ治るのではないだろうかと俺まで錯覚した。

 もしかしたら、言葉が嘘になると自分に思い込ませていただけなのかもしれない。もう少しすれば本当にセシリアは治って、どこまでも自由に自分の足で再び行けるようになるのではないだろうか。

 ムーバリはその名前さえも偽名であり、正体そのものが嘘で作られている男だ。だが、その言葉に限って嘘偽りはなく、俺はただ一人、勝手に諦めているだけなのではないだろうか。


 セシリアは言葉の真意をどう受け取っただろうか。

 嘘だと分かっていて心のこもった愛想笑いをしているのか、本気で自分は治ると思っているのか。

 それは俺にはわからない。尋ねても教えてはくれない。尋ねることなどできない。

 ただ一つ確かなのは、セシリアは安心できたのだろう。話をするうちに笑顔は増えていった。


 話が終わると、疲れた様子のセシリアは満足そうに眠りに就いた。

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