スプートニクの帰路 第百六話
写真を準備していると、オージーとアンネリからキューディラに連絡が入った。用事が済んだので迎えに来て欲しいそうだ。
俺がポータルをカルデロン別宅へ開くと、双子をそれぞれに抱きかかえたオージーとアンネリが入ってきた。
それからしばらくして準備が整ったので、撮影が始まった。
人形を抱いたセシリア、オシャレをしたアニエスと三人で写ったもの、家族三人とベルカとストレルカ、そこに無理矢理写り込んだユリナと巻き込まれたシロークが写ったもの。
照れるマリークと何が何だか分からずにぼんやりしているイリーナの三人で写ったもの。オージーとアンネリ、アンヤとシーヴとの写真。それから数枚。
そして、最後の全員集合の写真を撮るときになった。
それまで女神は部屋の隅の方で足を組んで撮影風景を微笑みながら見ているだけだった。しかし、全員で撮るときになると立ち上がり、混ぜてーと軽いノリで近づいてきた。
ずうずうしく集団のど真ん中に来てピースをかましてくると思ったが、意外にも列の後ろへ回り込み、そして、ピースをしながら後ろで飛び跳ね始めた。
程なくしてフラッシュバルブが焚かれた。
しかし、閃光の余韻がバルブの中に消えていく途中、写真屋が「もう一回、ですかね」と冠布から渋い顔で出てきた。
一回目の撮影は、「何やってんだ、このおばさんは」と全員の視線が挙動不審な女神に集まり、妙な雰囲気の物になってしまったらしい。
それはそれで趣があるような気がする。俺は後で一回目のガラス乾板も貰うことにした。
二回目の取り直しになると、その女神を気にすることはなくなり全員が自然な表情でカメラを見つめていた。
そして、撮影が終わると女神は「じゃあね」と言って右足のつま先で地面を叩いてポータルを開き、特に何も言わずに挨拶だけしてさっさと帰っていってしまった。
全員がふらりと現れてふらりと消えて行く女神にあっけにとられていたが、俺は一人焦っていた。
現れればふざけたような雰囲気になり和むので、もう少しばかり、せめて俺たちが北公へ帰るまではいて欲しかったのだ。
ポータルに消えていく、いっさいの迷いを持たない背中を見ながら思った。もう本当に会うことはないのかもしれない。
寂しさが募ったが、あっさりと帰ってしまったことでそれに浸る余韻も無かったのだ。
おそらく、そうさせないための彼女なりの気配りだろう。
そして、セシリアが彼女と会うことはこれが最初で最後なのだ。それははっきりと分かった。
写真を撮った後、豪華な料理を振る舞われることになった。そこでグラントルアのどのレストランよりも美味しいという名物料理のスヴィチュコヴァーがまた出されたのだ。
セシリアは北公では元女王様だ。良いものを食べさせて貰っていたが、共和国の料理は珍しいようで不思議なものを見るような顔になっていた。
だが、恐る恐る少しだけ口にすると、そのおいしさに目を輝かせた。
女王だった頃にテーブルマナーも教え込まれていたようで、普段の食事とは異なると行儀よく食べていた。
そして、出された一人分は少し子どもには多い量だったが、しっかり食べきっていた。
「ごちそうさま、美味しかったですと」と笑顔でユリナに言うセシリアの姿を見て、まだ食事をする体力は残っているのだと安心した。
食事の後はギンスブルグ家の暖炉を囲んで、色々な話をした。
俺とアニエスが放浪していたときの話、オージーとアンネリの研究の話、共和国のオペラ座の話、マリークの成長の話……。政治的ではない、友人知人同士の他愛もない語り合い。
俺は出来る限り面白くなるように、大げさな身振り手振りをして話した。
俺の膝の上にいたセシリアも話を聞き入っていて、面白いことに目を輝かせたり、怖い話に口を歪ませたりしていた。
共和国で過ごした時間は楽しく、あっという間に流れていった。
やがて、オージーとアンネリが双子を寝かしつける為に帰り、ベルカとストレルカも報告の時間なので帰り、そして、ユリナたちも暖炉のある部屋から出て行くと、俺たち三人だけになった。
燃え尽きた薪は墨になり、時折乾いた音を上げて割れると、オレンジや黄色の陽炎が顔を出した。だが、それもすぐに冷やされて赤くなり、光を失うと黒くなっていった。
消えかけの暖炉はセシリアの顔を微かに照らした。浮かび上がった顔は、とても眠たそうで、重たそうな瞼が今にも閉じてしまいそうになっていた。
もう少しそうしていたかったが、俺たちもヒミンビョルグの山小屋へ帰ることにした。
そして、眠たそうなセシリアをベッドに落ち着かせた。
いつもよりも満足げなセシリアは穏やかな顔をして眠り、どんな夢を見ているのか、ときどき眠りながら笑っていた。
久しぶりに楽しい時間だった。
だが、それがずっと続くことは無い。
パーティーから数日後、セシリアの熱はとうとう下がらなくなり、ベッドから動くこともままならなくなってしまったのだ。
いずれセシリアが動けなくなることはわかっていたはずだった。
それでも俺は辛かった。




