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マリナ・ジャーナル、ザ・ルーアによる共同取材 その6

「ミセス・デラクルス! ああ、ミセス・デラクルス! よろしいかな?」


 喉が渇き、再びアイスコーヒーに手が伸びたときだ。

 話に一段落が付いた瞬間を逃さないかのように、デラクルスの後ろ、壁際にいたダブルボタン紺色スーツのザ・ルーアの男性記者が大きな声で割り込んできた。呼ばれたデラクルスと共に彼の方へと振り返ると、彼はペンを人差し指と中指で挟んだまま右手を挙げている。

 名前を呼ばれたデラクルスが小首をかしげて尋ねると、


「我々ザ・ルーアも少し混じりたいのですがよろしいかな? 今日の担当では無いのだが」


 と男は立ち上がった。


 その男は立ち上がると思った以上に大柄だった。シャープな眉は整えられているものではなく生まれつきのようで、どうやら大きな体つきとその眉は根っからのウェストリアンの様だ。メレデントやウィンストンと同様に迫力がある。だが、彼に限って言えば、金に近い茶色の髪は膨張色で、その大きな身体をさらに大きく見せている。


「ええ、私は構いませんよ。共同取材ですし、日程で分けたのも便宜上のものですし」


 デラクルスは男にそう答えると、俺の方をちらりと見た。いいかどうかを目配せされているのだろう。断る理由も無い。小刻みに首を頷かせた。

 すると彼女はソファから立ち上がり、重たそうにそれを横にずらした。

 男は表情を明るくすると、座っていた木の椅子を軽々と持ち上げてのしのしと近づいてきたので、こちらも立ち上がり彼を迎えた。


「ザ・ルーア政治報道部、長官番記者のバルトロマイ・カベルカと申します。政治報道部、というと語弊がありますので、付け加えると共和国各長官の番記者ですな」


 椅子をデラクルスの横に置いた後、さらに近づき目の前に立ったカベルカはとても大きい。視界が完全に彼の着ているスーツの六つのボタンと紺色の生地に覆われてしまった。軽々と持ち上げていた椅子もそれほど小さくない。


「これはどうも、ミスター・カベルカ」


 俺は圧倒されてしまい首を後ろに下げながら、右手を引っ込み目に差し出した。すると、差し出した俺の右手を捕まえるが如く握り、「ちなみに私は未婚ですよ、はっはっは」と豪快に笑った。

 掌はとても大きく、両手でもないのに俺の手は完全に包まれてしまった。ゴツゴツとした感触に包まれると、まるで石の入った麻袋に手を入れたような肌触りだ。まめがいっぱい手にできているのだろう。どこかの誰かと握手をしたときと似たような感触だ。もちろん、そのときはもっとちいさな手だったが。


「ミスター・カベルカ。もしかしてあなた、昔、剣を扱いになっていましたね?」


 俺がそう尋ねると、カベルカは口を丸く開けた後「これはこれは。おわかりですか」と嬉しそうに手を握る力を強めた。


「さすがイズミ殿。ですが、40年前の連盟政府との戦いを契機に共和国は技術発展目覚ましく、魔力雷管式銃など近代兵器の台頭により剣などもはや時代遅れになってしまった。おまけに私の剣技は競技のために鍛えた物ですから、およそ手練れとは言えないでしょう。それに、お恥ずかしながらもう10年ほど剣など握っていないですよ」

「ペンは剣より強し、ですよ。あなたが厚い信頼と長い歴史を持つ共和国最古の新聞社の記者ならね」

「わっはっは、これはこれはかないませんな! 記者冥利に尽きます!」


 カベルカは左手で後頭部を掻き、彼なりの謙遜を見せながらも豪快に笑った。


「ザ・ルーアの社長にはお世話になりましたよ。パヴェル社長はお元気ですか?」


 強く握られた手が窮屈で放そうとしながらさらに尋ねた。だが、カベルカは手を放してはくれず、それどころか大きく揺らし始め「ええ、ええ! それはそれは元気ですとも!」と元気に答えてきた。


「イズミ殿のインタビューなら張り切っていって来い、と檄を入れられましたよ。今度、首都のレストランでムール貝でもご馳走したいそうですよ。ああ! もちろん、もちろん、何の意図もございませんから、ご安心を! はっはっは!」

「いやいや。お恥ずかしながら、ぼくはムール貝で食傷気味になったことがありましてね……。ですが食事ならいつでも大歓迎ですよ。あぁ、そのときはご子息もご一緒にどうぞとお伝えください。もちろん、ミスター・カベルカもね」

「わっはっは! これはありがたいですな。お伝えしておきますよ、イズミ殿!」


 笑い続けていたカベルカはやっと手を放してくれた。痛みは無かったが、だいぶ強く握られていたようだ。汗ばんだ掌をちらりと見ると、親指の付け根と小指側が赤くなっている。

 しかし、カベルカはおほんと咳払いをすると、突然落ち着いた表情になった。


「我々はあなたに感謝していますよ。私自身、数年前までは一記者でしかなかったのに、たった一夜にして長官番記者になるだなんて思ってもいませんでしたからね」


 カベルカはトーンを落とし、そう言ったのだ。

 共和国が現在の形に落ち着くことが出来たのは、誰もが言うように俺たちだけで成し遂げたわけではない。たくさんの小さな出来事を積み重ねた結果なのだ。しかし、その中でも、共和国で育った子どもたちの勇敢な行動とそれに伴うザ・ルーアの社長の英断は、いくつもあった出来事の中ではかなり重要だった。


「いえ、感謝すべきはこちらですよ。ザ・ルーアの……当時はあれですね。パヴェル社長が動いてくれなければ、ぼくたちはこうしていられませんでしたから」


 握手は放たれたが、今度は俺の方から握手を求めたくなってしまった。しばらく、お互いに微笑み、穏やかな沈黙が起きた。


「さて、イズミさん、ミスター・カベルカ?」


 デラクルスはパンッと手を叩くと、俺とカベルカを交互にのぞき込み笑った。


「自己紹介はそのくらいにして、お話の続きを聞かせて貰いましょうか」

「そうですね。えーと、どこまでお話ししましたっけ?」

「シローク・ギンスブルグ氏に会ったところからです。だいぶ話が大きく動き始めてきたようですね。ミスター・カベルカが気になるのもうなずけます」

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