スプートニクの帰路 第百話
ヒミンビョルグの山小屋周辺は相変わらず雪の日ばかりだったが、視界が悪くなるほど強烈に吹雪くことはなくなり、その代わり雪崩が頻繁に起きるようになった。
全層雪崩でも起きているようで、時々山ごと崩れているような凄まじい音と振動で起こされるときもあったが、山小屋は基礎から改装し始めそれからも補強を繰り返したので多少の雪崩れ如きでは崩れないようになっている。
だが、長年立ち続けている小屋が雪崩れに飲まれることは一度も無かった。ちょうど雪崩の来ない場所に建てられているのだろう。
万年雪のヒミンビョルグにも、そこなりの季節が通り過ぎようとしているようだった。
俺たち家族三人は山小屋で静かに過ごしていた。
この場所を知る人は北公の中でも限られた人しかおらず基本的に誰も来ないからだ。
そして何より、急速な機械化で煤と埃っぽくなったノルデンヴィズの市街地よりも空気は遙かに澄んでいるので、セシリアのサナトリウムでもあると思っている。
女王誘拐の罪は許された、と言うよりもセシリアが女王ではなくなり、そして、共和国との会談の機会を持ち込んだことで俺たちはお尋ね者ではなくなった。
それに伴って、ベルカとストレルカも監視からは外れた。
それをセシリアは友達がいなくなったように感じているのだろう。
ときどき椅子に登り窓から外を見て「今日は来ないのかな」とたまに顔を出す二人を待ちわびているような仕草をしていることもあった。
それは少し悲しそうだった。
幾度となく逃亡を繰り返してきたにもかかわらず、どこまでも俺たちに甘い北公の幹部たちに感謝と甘えを感じざる得ない。
アニエスは北公の軍人として復帰していた。
そして、復帰に飽き足らず昇進までしていた。もう中佐ではなくなり、上佐になったらしい。
彼女は実力があるので、他へ流れたりや過度な人望を集めたりするのを防ぐ為にあえて立場を与えて拘束を強めているのだろう。やがては北公の上級上将にでもなってしまうのかもしれない。
特殊魔術部隊長を兼任し、軍属の魔法使いたち、改め国土戦略魔術兵の魔術指導主任教官として日々教鞭と杖を振るっている。
ほぼ毎朝ノルデンヴィズへと仕事に向かっていくが、それがいつかどこかの前線に変わってしまうのではないかという不安も抱くことがある。
一方の俺はといえば、国土戦略魔術部隊予備隊員兼、特殊魔術部隊長補佐なんたらかんたらと相変わらず名前だけは偉そうな立場のまま、時間を持て余していた。
日がな山小屋で過ごすことがほとんどだったので、俺とセシリアは二人で過ごすことが多かった。
家事はするのだが料理はいつまで経っても下手くそなので主夫未満の立場に燻っているが、時間的に余裕があるのはちょうど良かったとも思っている。
というのも、セシリアが熱を出す日が以前にも増して多くなってきたのだ。二日に一度は熱を出すようになってきたのである。
暇であればありがたいことにつきっきりで彼女の看病をすることが出来るのだ。




