旅路の仲間 最終話
書類を書くときに傍にいたカミュに「今何年だっけ?」と聞くと「221年です」と返ってきた。日付の欄に『連盟政府歴221年』と書き込む手が止まる。
俺がこちらに転生したのは連盟政府歴219年の冬だ。やっとこの世界の年号にも慣れてきた。正直遅すぎるような気もする。
――もう二年も経つことになるのか。
思い起こせばその間に色々な人に出会ってきた。
ヴィトー金融協会の頭取の娘のカミーユ、トバイアス・ザカライア商会の幹部候補レア、錬金術師アウグスト、勇者の娘アニエス、そして、本名がわからないククーシュカ。
新規チームの申請書類とメンバーの民籍表を眺めていた。これから仲間として申請を行うために必要なのだ。
あまりいい趣味ではないが、女神の言っていた『そなんとかの一族』と『神秘派錬金術師』と『ブルゼイ族』が気になり、ライテレジスタをこっそり覗き見たのだ。別に悪いことではないのだが、ある程度の個人情報が載っているので気が引けてしまう。
しかし、誰のものを見てもその手の単語は一切出てこなかった。辛うじてオージーのことだと分かる『神秘派錬金術師』という単語すら書いていないのだ。
ククーシュカのものに書いてある名前は“セシール・マリア・シバサキ”となっていることに気が付いた。これはきっと本名ではない。シバサキの親せきということを基にして、テレーズが住む場所と仕事と一緒に与えたものだろう。役員女神と話しているとき、彼女の名前を呼んだ時に”セ”と言いかけてククーシュカと言い直したから籍の上での本名はセシールなのだろう。わざわざ隠す必要はないと思うのだが。ほかには何も書いていない。犯罪歴も何も。
ちなみに、俺のライテレジスタは転生時に女神が作って忍び込ませたものだ。生い立ちの欄には”連盟政府歴200年に発生した魔力消失災害のため消失、孤児になり不明”と書いてある。その後は放浪者扱い。以上二行。俺というキャラメイクに対してもう少しやる気出してひねってほしかった。
結局、わかったのはククーシュカの偽の本名だけだった。
俺、カミュ、レア、オージー、アニエス、ククーシュカ。
仲間は全部で六人か。もう一人くらいいてもいい気がする。でも、バランスはとれている。そのもう一人にいたかもしれないアンネリはもう仲間ではなく、一緒に旅をしない。こう書いてしまうととてもさみしいように感じるが、事実なのだ。
もちろん、彼女は俺たちのコミュニティの一員であることに変わりはない。戦争のない世界で彼女と彼女の子どもたちが俺たちよりもさらに先の未来を築いてくれることを願うばかりだ。
色々な人に、ということは仲間以外にもいる。
最初に会ったカルデロン夫妻、僻地の勇者アルフレッドとその妻ダリダ、フロイデンベルクアカデミア錬金術教室長グリューネバルト、俺と同じ転生者で料理人カトウとウェイターのアルエット。
世間を知らなかったとはいえ、カルデロン夫妻が豪商の関係者であるとは思わなかった。言い方が悪いが、二人とも目立たない普通の行商人だったので、裕福な一族には見えなかった。見た目がどうあれ、世話になったことに変わりはない。夫妻の病気が思わしくない状態になってから結局会えなかったが、たまにする手紙でのやりとりでまだ生きていはいることは確認した。手紙とは古風だが、キューディラはややこしくて使わないそうだ。それはそれで趣がある。いつか、なるべく早いうちに挨拶に行かなければならない。まず孝行すべきはこの人たちではないだろうか。
アルフレッドは勇者で、その妻ダリダは元占星術師だ。その二人の娘がアニエスだ。アルフレッドはだいぶ勇者歴が長い。少なくとも40年前からそうなっている。本当のことを言えば、いつまで勇者やってんの? とは思う。討伐にも支持的だ。力があるのだから彼でも成し遂げられるはずなのだが。尊敬できる人であることは間違いないので、きっと何か考えがあってそうしているのだろう。
ダリダははるか昔に婚約者を亡くして、アルフレッドとくっついた人だ。自分以外の一族全員が”時間の檻”に閉じ込められたり、不老の呪いを受けたり、政府のお尋ね者になったり、色々大変なことがあったようだ。
現在はお尋ね者ではないが、政府の指示で”時間の檻”を解除するための週に一回ほど研究所で仕事をしている。それ以外はのんびりパン屋をしている今が一番幸せなのかもしれない。もしかしたらアルフレッドはその日常を守りたいのかもしれない。それから彼女はときどきフロイデンベルクアカデミアに行ってグリューネバルトの手伝いをしていた。おそらく、学生教育の手伝いだろう。
そのグリューネバルトはアルフレッド、ダリダと戦友で40年来の親友だ。若いころに共に戦地に赴いたらしい。マリソルという恋人をそこで失ったそうだ。何十年も死体を抱えて歩いたり、生き返らせようとしたり、その後の人生はなかなか狂ったものになっていた。その狂気が情熱になったのだろうか。錬金術界に大きく貢献した。それゆえ厳しい人で、そこはかとない傲慢さが見え隠れしてしまう。
だが、オージーとアンネリという問題児も立派に育てて、その二人への愛情が素晴らしく過剰なのだ。文化財レベルの超高価な移動用マジックアイテムをホイーッと、しかも新品で買ってあげたり、二人へのご祝儀としてとんでもない額を包んでくれたりと次元の違う爺馬鹿を炸裂している。
今度、双子のひ孫が生まれたらいったいどうなってしまうのだろうか。そんなこともあり、アカハラ体質だが、どうしても嫌いになれないじいさんだ。愛弟子二人の論文がビブリオテークに保存された後は、教室長を引退してどこかでのんびり老後を過ごしているのだろう。
それから、カトウは俺より年下の転生者だ。自分より年下の転生者に会ったのは彼が初めてだろう。最初は、巣穴から顔を出すプレーリードッグのように落ち着きのない奴だと思っていたが、所属していたチームの問題もあったのだろう。
シバサキがフレックスタイム制を導入したとき、俺と二人で行動することが多くなり彼を理解することができた。弓術にも優れているが、料理の腕のほうがより神がかっているのでそちらのほうがいいのは間違いないだろう。シバサキチームを抜けて立派な料理人としてウミツバメ亭でしっかりやっているようだ。
その道が向いていると彼自身が感じているようで、日々充実しているように見える。料理をすることが楽しそうな彼とは、もう冒険を一緒にはすることはないだろう。そして、彼の傍には料理はからっきしだが、しっかり者のアルエットもいる。彼女はカトウの転生前の元カノのひばりに瓜二つだそうだ。二人仲良くお互いにない物を補い合って生きてほしい。
それから、ああ、思い出したくもない二人にも会った。
シバサキとワタベだ。この二人を見ていると、転生者は何かしらこの世界に迷惑をかけているような気がしてしまうのだ。自分のことを棚に上げるわけではないと弁明しておく。
シバサキは―――彼に対して何か言うと、悪口しかいうことができない―――パワハラ、セクハラ、暴言、暴行、ピンハネ……なんでもござれだ。
悪いことが起こる(起こす)とすぐに人のせいにする。してきたことを並べると、橋を落した責任を俺に転嫁したり、雪山で強制遭難させたり、仕事を放ったらかしたり、女の子を襲おうとしたり、思い起こせば大きなことから小さなことまでまだまだある。何を考えているのかわからないような言動が多いが、常軌を逸した内容が多く、はっきりわかるのは彼が何にも考えていないということだ。
何考えているのかわからない人はおおよそ彼のように何にも考えていない人だが、稀に何かを企んでいる人もいる。それがワタベだ。
シバサキとは対照的に何か腹の中にあるが、それが読めないタイプなのだ。アンネリ暴行事件の際も現場周辺にいなかったにもかかわらず積極的な介入を見せる反面、チーム内で起こった不仲には消極的なのだ。物事の重要度からすればアンネリが死にかけた暴行事件のほうが高い。介入するのが面倒くさいという理由では片づけられないのだ。
だが、何かを企んでいることはレアにはバレているようで、二人の折り合いが非常に悪いのは誰が見ても明らかだった。しかし、さすがのレアも具体的に何をどうしようとしているかまではわからないようだ。
何も考えていないとしても、何か企んでいたとしても、考えを読めない人は、何をするのかわからないという点でいずれにせよ質が悪いのは同じである。
シバサキが転生したのは20年くらい前だが、ワタベが転生したのは比較的最近なようだ。転生前の話は、オージーとアンネリとの話し合いの時に会社のAEDがどうとか、話していた気がする。しかし、そのときは水飲み鳥のように頭を下げ、すいませんでした、という言葉を繰り返していただけなので、まじめに聞いていなかったので覚えていない。
この二人はどこで何をしているのだろうか。一緒なのか、別々なのか。ワタベはまだしも、シバサキは質の悪い部長女神と結託している可能性がある。おそらく俺たちが知り得ないことも教えられているに違いない。何か厄介ごとをまたどこかで起こすのではないだろうか。
それが自分たちのすぐ近くか、遠くかはわからない。できれば関わりたくないものだ。
「レア、書き終わったよ」
俺は書類をすべてまとめると、レアに手渡した。職業会館への立ち入りをレアに止められているので、彼女が代わりに必要な手続きをしてくれる。
「イズミさん、確かに受け取りました。これであなたはリーダーです。この人たちを率いて行く覚悟はおありですね?」
レアは丁寧にそう言った。二回目ではあるが、前よりも重みがある。近くにいたメンバー全員を見渡すと、みな真剣な顔をして俺を見ている。
「いまさらだよ。覚悟はできている」
レアは深くうなずき、書類を受け取った。
「円陣でも組む?」
「いや、やめておきましょう」
「私はどこまでもついていきますよ!」
「イズミ君、所信表明演説はあるかい?」
この二年は長いようで短かった。でも、本当の旅はここから始まると考えると、まだプロローグに過ぎないのだ。
生きることで精いっぱいで世間を知らない俺はこれからこの世界の歴史にまで足を踏み込むことになるかもしれない。なぜなら目標は、連盟政府史上最大の敵である”魔王”を倒すという、220年間誰も動かせなかった歴史を動かすからだ。
できるかどうかわからない。と考える余裕はない。市民の平和がうんぬん、というのももちろんあるが、あまりにも壮大過ぎてぼやけてしまうのだ。だが、女神によって俺たち勇者は力と意味を与えられているのに、その使命を全うしないわけにはいかない。
「そうだな……、じゃ、がんばろー!!」
旅の仲間たちはそれぞれに大きかったり、恥ずかしそうだったり、様々な反応でおー、っと声を上げてくれた。