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勇者(45)とその仲間 第三話

 次の日の集合時間。


 昨日殴られて話しかけ辛いのに行かざるを得ない。本当のところ、会わせる顔が無いのはシバサキさんだけでなく、さんざん世話になっているレアにもだ。

 重い脚で集合場所に向かうとまだ誰も来ていなかった。いないことに安心してしまう一方で、待たされる間に悶々とすることに気がめいる。



 広場のベンチに腰かけて待っていると最初に現れたのは、シバサキさんだ。

 一番会いたくない人が一番最初に現れた。鏡で見たわけではないが自分の顔が気色ばむのがわかる。それを見たのかシバサキさんはすまなそうに笑った。


「おはよう、おはよう。新人君。いやいや昨日はすまなかったね。ちょっといらいらしちゃってね。はははっ。まあ、初日だし始めたばかりだから仕方ないね。これから頑張ってくれよ。隣失礼、タバコはいいかね?」


 そういうと隣に座りタバコを取り出した。声を出さずに頷くと、笑顔になり火をつけた。


「いや、ついこの間まで禁煙してたんだけどね。一人抜けちゃってからどうもすいたくなっちゃってね。結局戻っちゃったよ」


 すまなそうに笑った。禁煙の話など聞いてもいない。嫌煙家でもないし愛煙家でもないから、吸いたければ好きにすればいいと思うのだが。

 それ以上に気になるのが『一人抜けちゃった』ことだ。

 俺はその抜けた穴埋めなのだろう。前の人はいったいどんな人だったのだろうか、俺より優秀なのか、そればかり気になる。俺はどの程度の実力を求められているのか。

 仮にシバサキさんを含めた他のメンバーに対してどのような感情を抱いていたとしても、前任者より優秀でありたい、この人たちの役に立ちたいと思っているだが、それは善意や向上心からではなく、そうでなければ捨てられてしまうという気持ちからきているのを感じる。


 ただ座っているだけなのに、動悸が収まらなくなった。


「おはようございます!朝ごはんは食べましたか?」

 落ち込んでいき周囲の風や雑踏の音が遠くなっているところに元気のいい声が響きわたり、意識が釣りあげられた。レアだ。相変わらずでありがたい。


「おう、おはよう。ユッキー。ミカチャンは?」

「さっきからずっといますよ!噴水の反対側に」


 カミーユの気持ちがわかるような気がする。この人もなんとなく顔を合わせたくないんだな。


 日本にいたころ、職場で他の従業員と移動が必要になった時があった。集合場所にいるのはわかっているにもかかわらずあえて離れたところにいて知らん顔している人がいた。あとで話を聞けばその人は俺のことを無能とバカにして嫌っていたらしい。それだけでなく、その職場で一番偉い人のことも嫌いと陰で言いまわっていた。確かに俺自身もその偉い人に思うところがなかったわけではない。いや、思うところだらけだった。その人は仕事が始まっても俺を無視し、上にも何も相談もしない。結局俺はその職場では家庭の事情ということで就業時間を減らしていきフェードアウトした。もちろん書類上は円満に。


 やはりカミーユも俺のことが嫌いなのだろうか。昨日の様子を見る限り、シバサキさんのこともあまり得意ではなさそうだ。

 下の者が上の者を嫌っているが、それぞれにそれぞれの生活があるので組織にいることを維持しているだけ。本当にどうしようもない状況のようで実は多くの組織がそれで回っているということだ。



「イズミさん、少しお話が」


 触れたくない話題に落ちこみ、今度は上の空になった俺は袖をレアにグイッとつかまれてはっとした。


「昨日のつり橋の件ですが、どうやらかなりの大事になっているようです。人通りの多さに関係なくどんな橋でも重要であることはかわりません。まだ民間で知る人は少ないですがいずれ話題になります。あくまで私個人ですが、あなたの味方ですので」


 いつになく真剣な表情のレアは言葉の一つ一つに含みのある言い方をしている。まるでこれから何か起きるかのようだ。

 そう思うのもつかの間、レアはいつものまぶしい笑顔に変わり、シバサキさんにも聞かせるようにはきはきとした元気な声で


「みなさん、昨日は大変でしたね。でも、イズミさんの能力とか得意なこととか全く把握しなかった私たちも悪いと思います」

「そういえば、新人君。武器もっていないね。魔法使いなんだし、杖でも買うといい。そうだな。今回は特別出してやろう」




 何度も言うがこの世界の、この地域の物価や貨幣の価値について全くわからない。

 だが、たとえそれらがわからなくても理解できるほど高価なものを買いあたえられた。明らかにゼロが多い代物だ。


「なに、気にするな!前途ある若者に投資をせずにどうするんだ!わはは!」


 豪快に笑うシバサキさん。

 渡された分厚いカタログのその杖の説明を読むと、樹齢5000年のアカガシの木を軸にした、アポイタカラがうんたらかんたら。ゲームの攻略本のくどい解説を読んでいるような気持ちだ。樹齢5000年と言う時点で世界遺産レベルであり十分高価だが、それになんだかんだと色々追加しているらしい。カタログの機能比較一覧に書いてある丸が多すぎる。おそらく機能が多すぎてすべて使いこなすのは無理なものだろう。

 俺たちが訪れた杖を扱う店のオーナーいわく、杖は人を選ぶのでその杖にキミ(俺)は選ばれたということだ。勢いで仕入れた売れ残りの資産をさっさと売りたいだけではないのか。どれだけ高性能であっても道具であることに変わりはないはず。イギリスの長編ものでも読みすぎたのか。

戦乱の世で権威的である勇者が買い物をすると箔がつき、とてもいい宣伝効果になるのは間違いないのだろう。

 どう考えても借金まみれの自分には不釣り合いだ、と五回くらい辞退をし、樽に突っ込んである合板の安物から始めたいと伝えても、頑としてシバサキさんは譲らなかった。店主もシバサキさんを後押しした。


 最終的にその杖を買うことになった。名前は付けていいのでやけくそで『ぽっきー』にしてやった。あのレアが顔を引きつらせるくらい価値があるものにそんな名前でいいのか戸惑いがあったが、意外としっくりきたような気がしたので良しとした。


「コレでキミも一人前! 頑張ろう! せっかく高い金出して買ったんだから、もう魔法以外は使用禁止だぞ。そういえばまだ何ができるか具体的に知らなかったね。どうだい、訓練施設でも行こうか」

「いえ、もうその辺でいいですよ。たぶんちょっと火が出るくらいなんで」

「まぁまぁそういわずに。謙遜しちゃダメだよ。美徳とはいえそういう時代じゃないんだから。積極性の時代だよ! ホラ行こ行こ!」




「ここはこのあたりでは一番大きな訓練施設だ!広さは具体的にはわからないけどとにかく大きいぞ!好きなだけ暴れたまえ!」


 訓練施設の広さは尋常ではなく、山手線一週分くらいはあるのではないだろうか。

 最近は利用者数も多くなく午後はだいたい無人らしいが、金網のフェンスに扉がついているだけで誰が入ったのかなど管理しているわけでもない。広すぎて遠くのほうはわからないので、万が一誰かいることに気づかずぶっ放すと人を殺しかねない。


「よーし、じゃあ自慢の炎を出してみよう!」


なんとなく頭に浮かんだ魔法を唱えてみる。


"シュンケイン ウォースト ビッテ ギベ メル エイン ビアー……えーと……プワプワプー……"


 ドイツ語のような響きだが何を言っているか全くわからない上に、最後何か余計な単語が混じったが、とりあえず唱えてみた。

 すると杖の先にライターのような火がポッと点いた。シバサキさんは杖の先の火でタバコに火をつける。


「ははは、つかみはオッケーだな、新人。よーし、次は本気で行ってみよう! なんせこれだけ広いんだからな。それに今のじゃあ長すぎて使えないな」


 確かに詠唱時間が長いと護衛の負担が多くなるし、唱えた呪文の威力が先ほどのようにイマイチだとその後の士気に影響が出る。

 何か短いものはないだろうかと頭の中で考えてみると、短いのが思いついたのでまた唱えてみることにした。


"ピリカ ピリラ……あ……じゃなくて……ファルシンデ バースト"


 焚火から飛び立ったような小さい火の玉、というよりは火の粉が10メートルほどまっすぐ進んだ。スピードもなく進んでいき、一同がそれを目で追ったあとすんと音もなく消えた。



 消えた後にしばらく沈黙が続いた後、シバサキさんが「マジ?」と小さな声でぽつりともらし絶句している。

「ま、まぁ、新人なんだし。練習すればもっと覚えるよね!」


 取り繕うように言っているがどう見てもがっかりしている。レアの顔にも泥を塗った。変化が無いのはカミーユだけだ。調子がいい、調子が悪い、そのようなことを言う以前の問題で、評価に値してすらいないような気がする。日本にいたときと何も変わらないではないか。

 それからベンチ入り未満の評価にもかかわらずありがたいことにベンチ入りとなり、戦闘には参加せずに荷物持ち、雑用その他を一生懸命やることになった。




 数日の間に町には橋が落ちたという噂が広がり、町人の間ではもちきりになっていた。普段使わない橋だがそれこそが怪しいというものも出始めた。

 次第に話に尾ひれがついていき、魔物たちが攻めてくる、逃げ場をなくすためのテロだと言い始めるものまでいた。

 橋が落ちたときあの依頼を受けていたのは俺たちであり、無責任にも終了したということの(橋を落としたことも)報告はしていないので怪しまれた。


 しかし、怪しまれるという表現はおかしい。なぜなら橋を落としたのは俺たちのリーダーなのだから。

話が大きくなるにつれ、ここは黙っていよう、話題を出してはいけない、と言うタブーのような扱いになっていき仲間内では移動途中も休憩中も食事中も、会話こそするが誰一人橋のことを話そうとしない。

 黙っていればあわよくばそのうちなんとかなりほとぼりも冷めるだろうと期待しているのがわかるし、俺自身もそう思っていた。


 しかし、そんなに甘くないのがこの世の中。


 仕事依頼の履歴をたどられて諮問にかけられることになった。諮問にかけられると例え冤罪であっても罰からは逃れられない。何度も言うがシバサキさんは冤罪ではなく実行犯なのだが。




 そうこうしているうちに諮問にかけられる日が来た。

 代表としてシバサキさんが行くことになった。この人が代表で本当に大丈夫なのだろうか。こういうことに一番向いているのはレアだと思うのだが、彼女は商会からの派遣、つまり商会の関係者だ。諮問機関は大きな取引先であり各国への影響力を考慮し派遣であっても裁くことができない。それでは商会のやりたい放題になるとも考えられるが、信頼で成り立つ商会はそういったことはしない。カミーユは銀行の頭取の娘だ。口座凍結などの報復を恐れられているのでレアと似たような状況だ。そして俺はと言うと、はなから信用されていないので話題にすら登らなかった。


 諮問が終わるとシバサキさんは「大丈夫!」としか言わず、なぜだか目が泳ぎ視線を合わせようとしない。

 その日は早めの解散になった。

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