大熊と魔王 第十六話
「では、この場に軍部のトップしか来ていないのはどういうことかね? ここで会談が行われることは他の長官たちも知っているはずだが?」
「来る必要ねぇってことだよ」
「珍妙な兵器と屈強な兵士を見せびらかすように並べている様子では、我々が舐められている、と言うわけでは無さそうだが、他の長官と話合いはしたのか?」
「キューディラで全員に聞いたら、じっくり話し合うことは必要ないって言われてな。
今回は犯罪者の引き渡しだけなんだ。国交だの平和条約だのについて話し合わないんだったら、四省長議で誰が会うかを決めるための議題をわざわざ持ち出すなんざ時間の無駄だから、勝手に行って現地で判断しろ、だそうだ。冷たいねぇ」
「しかし、こうして矢面に立っているのはあなただけだ。あなた一人が突っ走っていると言うことかね? 共和国とは名ばかりで軍国主義なのか?」
ユリナは口を歪めて後頭部を掻き始めた。閣下の問いかけが少し面倒くさそうになっている。
「ご存じの通り、共和国は四人の長官により支えられている。その一角が私だ。
私は軍の長官。故に指示を出せるのは軍隊のみだ。資本に重きが置かれようとも、悪法が成立されようとも、そして、法律がどう施行されようとも、私ができるのは共和国軍の運営について考えるだけだ。
だが、立場は等しく、私の発言は四人の意思に等しいと思え。お前の前には四人がいると考えろ。
それから言っとくが、今日私ゃお前さんとこの迷い猫をここまで運んできただけだぞ。
今はちょっとした立ち話だ。ちょっとした、な」
「なるほど、では他の長官にもこのちょっとした立ち話は共有されると言うことだな」
「当たり前だ」
ユリナの即答にカルルさんは情報共有が嘘では無いと言うことを確かにしたようだ。
目をつぶりながら状況を飲み込むように頷くと再び話を始めた。
「我々北公は今、連盟政府に独立を認めさせる為に戦闘中だ。
諸外国は独立を認めるところが多いが、ただの反乱として扱う連盟政府にこそ認めさせなければいけない。だが、あなた方はその連盟政府と和平交渉を行っている」
「止めろってか?」
「明言は避ける。それについてどう答えても内政への干渉でしかない。だが、今後の連盟政府との関係性については尋ねておきたい」
「言うねぇ」とユリナは笑った。
「喧嘩の相手に優しくすんなってか? 何れにせよ、私らの返事は一つだ。“何処とも何もしない”」
「顔色を窺うために何もしないと、そこまでうまくはいかないのではないか?」
「顔色ねぇ。そんなモン、窺ってる風な感じだけだ。じゃあどっちのも窺って中立がいいってか?
中立であると表明したところで戦闘不参加の意思表示にはならない。表明すればどちらからも関与の示唆と受け取られて、戦略的に第三勢力として見られるんだよ。
さらに残念なことに、中立ってのは争いを一番煽る。挟まれた中立地帯は名ばかりで緩衝地帯という戦場になるし、離れた中立はどっちにも協力できるからな。
どこよりも平和だがどこよりも恨まれる可能性もある。国家元首がそれを知らないわけがない。よって中立に平和主義者はいない。
平和主義者は非暴力か圧倒的暴力のどちらかであり、ボロクソになるまで受けるか加えるかで言えば誰よりも暴力に近い。
ありがたいことに、私ら共和国は離れた中立地帯になれる位置にある。協力して煽ることも簡単だが、お前らが独立を完遂しようとも共和国に今のところ影響はない。
一応継続中の和平交渉も、連盟政府に進める気もなければ余裕もない。
よって“何もしない”ということだ。
まぁ、あれらがしたがってるのは、お前らや私らのしている資源どうのこうのではなくて、自分らの領土を広げたいとか維持したいだけだ。
魔法が使えればリソースは人間そのものであり、土地に眠る資源よりも多くの人間が生活できるための土地そのものが重視されて資産価値を失わないってのは単純で良いな」
「では、共和国側が連盟政府に攻め込むというのはないのか?」
「ありえねぇな。何もしないから引きずり出して、共和国を中立にでもしたいのか?」
「そういう訳ではない」
ユリナの問いかけにカルルさんは即答した。
カルルさんはおそらく共和国を中立の位置に置きたくはないのは明白だ。だが、何もしないから引きずり出したいのは事実だ。共和国を味方ではなくとも少なくとも同じ方向を向かせたいのだろう。
共和国は全てにおいて圧倒的であり、例え武力を持ち出さなくとも相手味方問わず与える心理的な影響は計り知れない。
「内乱の混乱に乗じてこっちから攻め込んで支配するなんてのは、豊かで広大な土地に住む私らエルフには意味がない。
時間的なものも含めた資源の無駄だ。ルフィアニア大陸は今のところは利用価値のないただの不毛の土地だ。
尤も、世界を動かすものがますます魔法から科学に移ることで今後価値観が変わるかもしれないがな」
「なるほど」とカルルさんは頷いた。しかし、ユリナを睨め付けるようになった。




