大熊と魔王 第十四話
「北の果ての大熊と聞いていたが、案外華奢なもんだな。食いモンが無くて飢えてんのか?」
ユリナはいい加減な返事の後に続けて挑発するような物言いをしたが、「科学と武力の国である共和国の軍部トップが来ると聞いていたので、容貌魁偉な人物かと思ったが、若い娘さんだとはな」とカルルさんは返した。
ユリナはそれに口角を上げると、「話し相手には不満か?」と尋ね返した。
「いや、私は見た目だけでは判断しない。が、むしろ、その容姿、その若さで技術大国の頂点の一角に君臨してしまう実力が末恐ろしいほどだ。
部下からも話は聞いている。凄まじい兵力を束ねるだけでなく、自身も強いとか。だが、決めるとするならこの身をもって話をしてからだな」
「褒めてくれてありがとよ」
ユリナの皮肉な笑い方が収まると、二人は無表情でにらみ合い握手をしたまま黙った。
それからお互いに手を離す様子はなく、十秒ほど経過してユリナが、「なぁオッサン、あんた柔道家か?」と切り出した。
「握手で力量測ろうとするのぁ構わねぇが、このままだと私はあんたの華奢なお手々を握りつぶしちまう。そのくらいにしておこうぜ?」
そう言うと前腕が大きくなった。腕橈骨筋と尺側手根屈筋はまるで球根のように膨らみ、服の上からでもわかるほどに筋を浮かべている。
カルルさんはそれを見て力量を悟ったのか、「これは失礼した」と右手を離した。
「さて、じゃまずは本題の捕虜の引き渡しだ。ストレルカ、来い」
ストレルカがジューリアに付き添われてユリナの横へ来た。
しかし、彼女の姿に愕然とした。改めて彼女をよくみると、彼女の顔つきが明らかに変わっていたのだ。
ルスラニア王国の中枢に関わり、立場を得たことで様々なことを吸収していった彼女は少しずつ変わっていった。服装やそう言う類い、要するに外見の変化は特に顕著だった。
この数日、ギンスブルグの邸宅にいた間にそのような外見の変化は全く見られない。
だが、どことなく視線は鋭く顔全体に影が落ち、進む一歩一歩にも重みがある。病んだようには見えず、これまでの自分の考え方そのものが根元から変わったかのように雰囲気が違うのだ。
「ストレルカ、どうやら君は無事なようだな。だが、顔つきが変わったか? 」
カルルさんの問いかけにストレルカは右下を向き目を合わせずに「いえ」としおらしく答えるだけで、それ以上に何かを言おうとはしなかった。
カルルさんは、これまでの彼女の無礼さのある弾けたようなものとは異なる返事に首をかしげた。そして、「非人道的な拷問でもしたか?」とユリナに尋ねた。
そのようなことなどしないとわかっているようだが、あまりの変化の大きさに尋ねずにはいられなくなったのだろう。
「大事な人質にそんなことたぁしねぇよ。こいつが話を聞かせろっつったから、一晩中話してやったぜ。国での私のあり方と思考をな」
「本人が望んだとはいえ、そちらの思想にまみれさせたわけか。感心しないな」
「ぬかせ。中立性は置いといて、私はこいつを歪めたわけじゃない。
話したことは全てあんたにも話しても良いと約束した。こいつのルスラニア王国への覚悟を受け止めたからこそ話したんだ。
こんな様子だが、朝飯を食えるほどには元気だ。帰って昼の芋料理でも囲みながらゆっくり討論するんだな」




