大熊と魔王 第十二話
そして、犯罪者の引き渡しの日が訪れた。
どちらが待つか待たせるかという、言ってしまえば面倒だが、そう言った些細なことは後で洒落で済まされないほどのイチャモンの原因になる。
出来る限り両者の到着のタイミングを合わせるべく、俺は共和国軍の護衛機の複座に乗りキューディラを用いて北公側のアニエスと綿密に連絡をとり続けた。
共和国の小型機は、キャノピーを締めていてもエンジン音と振動は凄まじく長時間乗らなくても神経症状が出るのではないかと思うほどだった。インカム型でなければ通話もままならなかっただろう。
必然的に声も大きくなっていたのか、返事をするアニエスも怒鳴り返してくるようになっていた。
眼下に滑走路が見え始めると前席の操縦者が管制塔とコンタクトを取り始めた。
割れてくぐもった音声のやりとりがなされた後、水平線が右に大きく傾き身体が左側に引き寄せられ、地に足が付いていないような浮ついた感覚に包まれた。
着陸態勢に入ると、みるみる水平線は上がっていき、地面にどっすんと落ち突き上げるような感覚の後は地面がタイヤを押し上げるような小刻みの振動が続いた。
あとに続いてもう一機の護衛機が着陸し、その後にユリナとストレルカの乗る大型機、そして、残り三機は着陸をせずに上空を旋回していた。
タキシングが済み飛行機が完全に止まりキャノピーが開けられると、俺はヘルメットをシートに放り投げて飛行機を素早く降りて到着した大型機の方へと向かっていった。
大型機の後部ハッチが開くと、そこからユリナとストレルカが数十人の兵士と共に降りて来るのが見えた。
タイミングを合わせるように北公の汽車もどきの黒光りした車列が砂埃の中で国旗をはためかせ、蜃気楼で宙に浮きながら基地へと向かってきた。
滑走路に一列に並びドアが開けられると、兵士がどやどやと降りてきた。白に近い灰色と砂漠に紛れそうな空色の軍服は北公軍とルスラニア王国軍の混成軍のようだ。
完全に統率された一糸乱れぬ動きを見せ、淡い二色がストライプのように綺麗に別れて整列すると、車列の中心にあった車のドアが開けられた。
そこからカルルさんが降りてきたのだ。それに続き、ムーバリやベルカを含めた要人たちが数人降りてきた。さらに、セシリアとアニエスが出てきた。
その車は大きなものだが、乗るには人数が多すぎる。車の中にポータルを開いたのだろう。
ユリナは書類の挟まったボードを抱え仁王立ちし、彼女の背後に女中部隊と共和国軍兵士をズラリと並べている。
すぐ右後ろにはジューリアさんとストレルカがいた。ストレルカの手には、手錠をされているわけではないが手首の辺りまで布を被せられ、そこから申し訳程度の麻縄が伸び、その端をジューリアさんが持っている。
ユリナの背中越しに、車から降りてきたカルルさんがこちらへ向かって来ているのが見えた。彼も背後に軍隊を並べ、向かって右側にはルスラニア王国軍、左側には北公軍を従えている。
あくまで国交のない国同士の犯罪者の引き渡しで、小さな火花で爆発しそうな緊張感のある現場だ。
だが、本来の目的は別にあるということを俺自身が知っているからなのか、どこか敵意を演出しているようにも感じた。
しかし、お互いの腹の探り合いをするという点ではパフォーマンスではないようだ。
ユリナが歩き出すと、カルルさんも歩き出した。そしてちょうど中間で止まった。二人が向かい合うと不思議なことに乾燥地帯に吹いていた風は止まったのだ。
鼓膜が張り詰めたかのような静けさが通り抜けた後、ユリナはカルルさんに先立って右手を差し出した。そして、
「アホイラズテ・ヴォズナーバン!」
と試すように大げさに声を上げてルフィアニア語で挨拶をした。




