大熊と魔王 第十話
「ダメ~」と両手で大きなバッテンを作った。
「はっきり言うが、こいつらは人質だぜ?
何処ぞのクソチビ商人みたいにテキトーに相槌打って姿をくらます奴がいるから人間ってのは信用がならねぇ。
なんなら置いてくのはセシリアちゃんでもいいんだぜ? お前が絶対に迎えに来るから一番信用できるっちゃそうなんだが」
そう言うとセシリアに視線を合わせた。
セシリアはユリナと目が合うと猫背になりテーブルの影に潜み、縁から目だけを覗かせた。そこから顎を引き気味の上目遣いでユリナを見ている。
だが、ユリナはその威嚇する子猫のような視線に向かって、
「甘いものたくさんあるよォ~。食べ放題! イチゴとキウイと夏みかん、それからそれから、チョッコレート! はみ出るフルーツ山盛りサンドをジューリアが作ってくれるよォ~。甘い甘ーい生クリームたっぷり~」
と猫なで声で言うと、セシリアの猫背はつり上げられたかのように真っ直ぐに伸びた。目を輝かせて鼻の穴を膨らませて俺とユリナを交互に見つめた。
しかし、真っ先にアニエスがムッとした顔になり、「ダメです!」と断った。セシリアは甘いものに若干誘惑されていた様で、アニエスを恨めしそうに見た。
「甘い物で釣るな。絶対許さん。元女王がここに一人でいると知られれば、ルスラニア王国と共和国が敵対することになるぞ。だが、あとでフルーツサンドはくれ」
「馬鹿野郎、ただ飯なんざ食わすかよ」
「いいだろ。ギンスブルグ家はカネあるんだろ? フルーツ山盛りくらい安いもんだろ」
「そう言う問題じゃありません!」とアニエスが横から割り込んできた。
「イズミさん、甘やかすのはいけません! 最近セシリアに甘い物ばかり食べさせて!」
「いや、でもさぁ、子どもなんだし、全然食べないよりいいんじゃないかな。ほらさぁ、たまにいるじゃん。全然食べない子とかさぁ……」
「お、赤髪。おめー、カーチャンみてーなこと言うようになったな!」
「そうです! 私はセシリアの母親ですから。甘やかす父親を止めるのは当然です」
「ぶぅはははは! イズミ、お前ケツの下にしかれてんじゃねぇか!」
ユリナは大声を上げて笑い出した。
そこへ「おいおい、埒があかねぇぞ。どうすんだよ」と先ほどからは考えられないほど和んだ雰囲気に、黙り込んでいたベルカがまだ緊張したような声色でそう言った。
「私はとりあえず手紙書くから、誰が残るかそっちで勝手に決めて。誰が残っだとしても、反故にしたら人質ブチ殺して北公とルスラニア王国ひねり潰すのは同じだし」とユリナが再び紙にペンを走らせ始めた。
すると一同は静まりかえってしまった。
その中でストレルカが徐に手を上げると「じゃあアタシが残るよ」と言ったのだ。
「アタシはプリャマーフカほどハッキリしてないが、旧ブルゼリア王家諸侯コズロフ家の末裔ということになってる。
言っちゃ悪ィがベルカよりもブルゼイ族としての価値はある。
北公とルスラニアは一蓮托生だ。それならブルゼイ族として価値のある方が良いだろ?」
「おうおう、言うねぇ」
ユリナは再び顔を上げるとベルカの方を見て「おい、マリ○ン・マンソン、お前はそれでいいのか?」と尋ねた。
ベルカは妙なあだ名に困惑したような表情を見せてきた。左右を見て誰が呼ばれたのか確かめた後に、「マリリン・ナントカってのはオレのことか?」と困った顔を向けてきたので、そうだと頷いてやると、両腕をテーブルに載せて前屈みの姿勢になった。
「構わねぇよ。オレもブルゼイ族だが、ストレルカの方が特徴的だ」
「平等主義を謳う国家が見た目とか言う笑えねぇ定規で判断してんだな。まぁいい。わかった。じゃあ、ストレルカはギンスブルグ家で待機しろ」
ちょうど手紙が書き終わったのか、ペンを置き封筒に三つ折りの紙をしまった。
「女中に待機部屋を用意させる。行動制限は屋敷の中と庭の東屋まで。ウチの庭は広いから、逃げる気なくても迷子になるからな。
飯は七時、十二時、六時の三食。ここで食え。時間がずれる場合は先に給仕に伝えろ」
右腕を上げて人差し指を動かすと、女中が数人頭を下げてダイニングを出て行った。
「俺たちとベルカは一度ノルデンヴィズに戻って手紙を渡してくる。ストレルカに余計なコトすんなよ!?」
そう念を押したが、ユリナは顔中に皺を寄せてただ口角を上げるだけだった。
「結局、昼飯は出せなかったな。セシリアには土産でフルーツサンドくれてやるよ。その代わりさっさとカルルのおっさんに合わせてくれ」




