大熊と魔王 第三話
ちょうど掌の高さにあるセシリアのつむじを人差し指でいじりながら何処で育てるかを考えていると、ウィンストンが
「イズミ殿、これは少々興味深い種です。アサガオは珍しい物ではないですが、この種の形は丸みよりも長さがあるので珍しいかもしれない。お一ついただけませんかな?」
と改まってきた。
確かに、この人に一粒預けておけば間違いなく立派に育ててくれる。育てやすいアサガオならお手の物だろう。
セシリアを確かめるように見ると、ウンウンと頷いている。一つくらいならあげても良いようだ。
俺はそれを見て「構いませんよ」と言うと、ウィンストンは「では」とピンセットで丁寧に一つつまみ上げて別のガラス製のペトリ皿に移した。
静かに蓋をすると「立派に咲かせてみましょうぞ」と鼻から息を吐き出した。こちらへ身体ごと振り向いたが、背後に焦点を合わせて腕を組んだ。
「しかし、後ろの二人組はなんとも怪しいですな。どこかで見たような……」
首をかしげているウィンストンの視線の先にはベルカとストレルカがいた。
そういえば、この二人はクライナ・シーニャトチカの共和国軍基地に殴り込みをかけてきたときにウィンストンと対峙していた。
「白々しいヤツだぜ」
ベルカが鼻を鳴らすとウィンストンはニッコリと目を細めた。
「やはり二人とも生きていたではありませんか。
以前よりも身なりも綺麗だ。栄養状態もかなり改善されたのか、ふくふくと肉付きも良く、それでいて筋肉質で見違えるほどに健康的だ。
奥方がイズミ殿に裁量を任せたのは正しかったようですな」
ストレルカは舌打ちをすると右下に視線を落としながら「うっせーな……」と小さく溢した。
「しかし、驚いたぜ。あんたが本当にこんなちみちみ植物弄くりまわしてるとは思わなかったぜ」
「意外と言われるのも慣れておりますな。本職は執事と庭師、趣味は庭いじり。暴力は趣味でも実用でも無い」
それを聞くとベルカはぐるりと首を回した。
「ブチ負かされた相手にそう言われるのはつくづく不愉快だぜ。どうなってんだ。この家はよォ」
「はっはっは、何はともあれ、奥方やジューリアに見つかる前に早く帰った方が良いですぞ。そろそろ戻られるとか何とか」
それを聞くとストレルカはゲッと苦しそうな声を上げ、壁から起き上がり組んでいた腕をほどくと「そ、そうだな。おし、イズミ、終わったんだろ? 早く帰ろう!」と急かしてきた。
「メシはいいのか? この家のはグラントルアのレストランよりうまいぞ」
「いいンだよ、そんなもん! アタシは早くノルデンヴィズに帰って安心して食える芋の方が良い! ホラ、帰るぞ! 外でポータル開け!」
ストレルカはユリナの直接攻撃を受けている分、トラウマなのだろう。何が何でも会いたくないようだ。
ウィンストンさんから種を返却して貰い、ポケットに入れたのを見るとぐいぐいと引っ張ってきた。
「ありがとうございます。育ててみます。また報告に来ます」と引き摺られながら振り返って言うとウィンストンは笑って返してきた。
しかし、せわしなく戻ろうとしているベルカが家のドアを開けた瞬間に身体を硬直させて立ち止まった。
背後のストレルカが邪魔そうにベルカの右肩に手を載せて退けようとすると、彼女も同様に硬直した。
「よぉイズミ、また子連れオオカミしてんのか? お前らが来てるってフラメッシュから聞い……」




