スプートニクの帰路 第九十九話
人形は見た目もなかなか良いので、リビングの棚に飾ることにした。
しかし、次の日、置いてあったはずの場所から忽然と姿を消していた。
おかしいなと思いつつ、アニエスに尋ねると何も言わず顔だけ動かしてセシリアを見つめて微笑んだ。
テーブルで先に朝食を食べていたセシリアを見ると、服の下から人形の手足がのぞいていた。
スプーンでスープを掬う仕草に合わせてその手足が出たり入ったりを繰り返していて、時折人形が隙間から落ちそうになると、こちらの様子をちらちらと上目遣いで覗って服の奥の方にしまい直している。
贈り物はその人形で良かったのかと悩みもしたが、どうやら気に入ってくれたようだ。安心した俺はアニエスと顔を合わせて笑いながら頷き合った。
人形を隠すように握りしめていることについては何も言わずに、ただ見守り続けるだけにした。
それからは毎日ほとんど肌身離さず持っていた。一週間もしていると、セシリアは人形を隠すことをやめて、左腕に抱えて持っているのが当たり前になっていた。
食事時には空いている椅子に座らせ、眠るときは伴ってベッドに入っていった。
ある昼過ぎにアニエスの代わりに昼食を作っていると、リビングの方からドタバタとセシリアの足音が聞こえた。
そして、キッチンのドアを覗き込み、何かを探しているように顔を左右に素早く振った。料理をしている俺の姿を見つけると、目を大きく開いて肩を上げた。
再び走り出して足元までやって来くると「なんか、見つけた!」と黄色い瞳を輝かせながら興奮気味に見上げてきた。
左手で人形を抱きかかえて、右手は何かを大事そうに握りしめているのか小さな拳を作っていた。
料理を一度中断して屈んで目線を合わせると、右腕を真っ直ぐ伸ばすように突き出し拳をゆっくり開いて中を見せてきた。
掌の真ん中に少し長く膨らんだ半月の形をした黒い粒が三粒のっていた。どこで見つけたのかと尋ねるとほつれた人形の中から出てきたらしい。
少し湿って汗が輝く小さな掌の上で転がる三つの粒は、黒くて乾いた表面をしていて、半月を形作る線の集合する一点は白くなっている。
どことなく見覚えがあるそれはおそらく植物の種であるというのはすぐに分かった。だが、それを植えると何が生えてきて、どのような花を咲かせるのか、何かの種かまでは分からなかった。
部屋の掃除をしていたアニエスを呼んで見せたが、やはり彼女も分からない様子だ。
そこで俺たちは黒く小さく、それでいて膨らみがありじっと見つめていれば今にも芽がにょきにょきと出てきそうなそれの正体を探るべく、植物と言えば、の人のところに向かうことにした。




