スプートニクの帰路 第九十八話
ストレルカがセシリアの頬を人差し指で軽く押した。くすぐったそうに笑うセシリアを見ながら何か手頃で、それでいてきちんとした理由を考えた。
自分が親から贈り物をされたときがいつだっただろうか。
「セシリアの誕生日とかは知ってるか?」
二人に尋ねると二人とも首を左右に振った。アニエスも同様の反応を見せた。
「一番の側近だっつー自負があるアタシが知らないンじゃ、お偉方で勝手に決めてあるたァ思えないね。
一番の保護者のお前が知らなきゃ、誰一人知ってるはずもねェよ」
「女王になったときに便宜的に決めたりとかしてないのか?」
「言い方悪ぃが王国再興でそれどころじゃなかったからな。誰も決めようともしなかったぜ。
ねぇってんなら今日ってことにしちまえばいいんじゃねぇのか?」
「いくらなんでも、それは安直過ぎだろ」
「誕生日なんて、年齢が分かればいいくらいのモンだろ。いつがもつ大事な意味はそれだけだ。
オレたちがしなきゃいけないのは、生まれてこられたことと今日という日まで生きられたことに対する感謝と祝いだ。
いつよりも今ここで生きてることの方が大事だろ」
そうだ。俺はセシリアを思う故に構えすぎていたようだ。
アニエスは黙って俺に人形を渡し、小首を傾けてにっこり微笑んできた。
セシリアは人形を渡された俺の顔とその人形を怪訝に交互に見つめている。まだ何が起こるか分かってはいない様子だ。
「セシリア」と名前を呼ぶと、膝の上で首を真上に向けて見上げてきた。
穏やかに呼びかけ声に何かを感じたのか、口を閉じ目を真っ直ぐ見つめてきて言葉に耳を傾けるような少しばかり真剣な顔になった。
「今日は君の誕生日だ」と言いながら両手で抱えた人形をセシリアの方へと近づけた。
「たんじょうび?」と小首をかしげると、両手の前に近づいてきた人形を見た。
「これはプレゼントだよ。生まれてきてくれてありがとうね。おめでとう」と言って手に持たせた。
渡された人形と周りにいた大人たちを見回した。ベルカとストレルカも、アニエスも皆優しそうにセシリアを見ている。
セシリアは混乱した様子になったが、しばらくして自分が祝われていることに気がついたのか、顔を真っ赤にして下を向いてしまった。そして、ふるふると震え出すと小さな耳まで真っ赤になった。
「よかったな、プリャマーフカ。羨ましいぜ。アタシもお人形さん欲しいぜ。めでてェぜ」
「セシリアちゃん、よかったね。ママがそのお洋服直したんだよ。お誕生日おめでとう」
「おいおい、こりゃオレたちに渡してきた魔石じゃねーかよ。コイツぁ粋なことするなぁ中佐殿は」
三人が屈んで口々に祝うとセシリアはますます縮こまってしまった。
しばらくそのまま囲んでいると「い、いらない」と小さく震えた声が聞こえた。下を向いたままセシリアが言ったようだ。
今度は顔を突然上げると、下唇を噛みながら「こんなのいらない!」と言って膝から飛び降りた。そして、押しつけて返してきたのだ。俺は思わず受け取ってしまった。
セシリアは寝室のドアの方へ駆けて行ってしまった。ドアノブに手を伸ばし、小さく二、三度跳ねてドアを開けると暗い寝室の中へ入ってしまった。
ドアを閉めようとすると、再び振り返り「いらないの!」と怒鳴った。
そこへ「じゃお姉さんが貰っちゃおっかなー」とストレルカが冗談交じりに言った。
セシリアはそれを聞くとはっと息を吸い込んで悲しそうな顔になった。そして、「もうしらない!」と部屋にこもってしまった。
ドタドタと音がした後、ばさばさと毛布を広げる音が聞こえた。ベッドの中に潜り込んだようだ。
しばらく四人でドアの方を見ていると、「ッベ……。アタシ、女王様泣かしちまッたかも」とストレルカが頬を人差し指で掻きながら気まずそうにつぶやいた。
「たぶん、これまで経験したことが無かったようなことが突然起きてビックリして、照れちゃったんでしょうね」とアニエスは仕方なさそうに笑った。
「そうだろうな。あっちの寝室には危ない物は置いてないから、少ししたら様子を見に行こう」
寝室にこもってから十五分ほど経つと、時折聞こえていた物音が止まり静かになった。
俺はそっとドアを開けて確かめるとセシリアはベッドで既に眠っていた。ドアから漏れてくるリビングの薄光が当たる顔は腫れて目の周りも真っ赤になっていた。頬には涙の流れた痕もある。
セシリアの横たわるベッドに座り、頭を撫でた。少し汗もかいてしまったようだ。額の髪の毛がしっとりとまとまっている。
「こんなものしかあげられなくてゴメンな。俺がもっと立派だったら、なんでも好きなものたくさん取り寄せて上げられたのにな」
親指で額の髪を避けて布団をかけ直した。ドアの光が遮られたのでそちらを見ると、隙間から三人が様子を窺っていた。俺は人差し指を口元に立てた。
ベルカとストレルカを帰したあと、三人で同じベッドに入り深く眠った。




