スプートニクの帰路 第九十五話
それから五人で狭いテーブルを料理で埋め尽くして騒がしく食事を楽しんだ。その後に突然振る舞われたカネルブッレを独り占めできたセシリアはご満悦そうだった。
食事が終わりコーヒーを囲んで自然に始まった大人たちの会話に混じりたさそうな彼女は俺の膝の上によじよじと登ってきて、そこに陣を取り大人達の顔をキョロキョロと首を動かしながら覗き込んでいた。
しかし、満腹感で身体が温まり少し眠気が襲ってきたのか、燃えている薪が放つ揺れるオレンジを顔に受けながらうとうととしていた。
食事が終わって一時間もすれば、彼女にとっては長い一日の終わりの時間なのだ。
とりあえず彼女をそのまま膝の上でまどろませて、ベルカとストレルカから北公とルスラニア王国の現状、それから南部の独立戦線について聞いた。
アニエスはその間、せっせと人形の服を直してくれていた。器用に針仕事をしながらも聞こえてくる話に反応していた。
二人の話はだいぶ具体的だが物騒な内容が多かった。
連盟政府内部に点在するスヴェンニーのコミュニティが反政府的活動を活性化し、共同体へ接近して多くの情報をもたらしているらしい。
灰白の早雪宣言は、ラジオ放送以降爆発的に広まった。それを加速させたのはキューディラの掲示板機能だ。
誰かが宣言を文字に起こしそれを掲載したことに端を発し、さらに別の誰かが面白がってキューディラジオの機能を模倣し、録音した宣言の音声を掲示板に載せるなどしたおかげで、大都市部ではすでに知らない人の方が少ないほどになった。
(ちなみにそれを最初に始めたのはスヴェンニーコミュニティではないそうだ。彼ら自身が否定した。退屈で刺激に飢えた上級貴族の子弟が面白半分にやったのでは、という見解だ)。
そして、その匿名性にかこつけて模倣する者たちが増え爆発的に広まったそうだ。
連盟政府は、文字起こしや音声の公開を行った人物全員の特定調査と身元開示とキューディラの掲示板機能の即時停止、それが出来ない場合は治安維持の為にキューディラ使用に関する全権譲渡を商会に命令したが、商会側は三機関独立原則に則ってそれを即座に拒否した。
一丸となるべき有事に非協力だと政府は糾弾したが、商会はキューディラに関して権利しか所持しておらず、管理等は別に移管していたがその管理者が行方不明になり対応は不可能であると反論したそうだ。
さらに、その管理者が行方不明になった原因について連盟政府に尋ねると沈黙してしまった。
連盟政府の公式見解で、管理者行方不明の原因は連盟政府軍の斥候部隊による『反逆罪への処罰』として行われたブルンベイク焼き討ちによるものとなっているので、何も言うことが出来ないのだろう。
政府諜報部聖なる虹の橋と商会は既に険悪だったが、十三采領弁務官理事会といった上層部とまでも険悪になると言う状況だけは回避しなければいけないということで、政府側がだんまりを決め込むことで一応のまとまりを見せたそうだ。
その代わりなのか、十三采領弁務官理事会はキューディラ掲示板機能利用禁止法を領地法ではなく連盟法として成立させたそうだ。
だが、摘発に必要とされる逆探知も記録の閲覧も商会の範疇であり、誰がいつ何処で使ったかも分からないのにどうやって取り締まるのか、完全にざる法だそうだ。




