スプートニクの帰路 第九十三話
「なぁ、アンタらはここに住んでるんだろ? 薪はいらねぇかい?」
ベルカはドア枠に肘をかけていつかと同じような悪の顔をしてそう言った後、ふっふーと鼻を鳴らした。後ろで呆れ顔のストレルカが肩を上げて両手を天に向けている。
「生憎、薪も食べ物も充分だ。……冗談でも止めろ」
しばらく黙った後、ベルカはゆっくりと口角を上げ、ぬふふふ、はっはっはと大きく笑い始めた。
「悪ぃ悪ぃ、遅くなっちまった。基地でちっとばかし仕事もあって今日ぁもう疲れてっから、窓も壊さねぇし、プリャマーフカを攫いもしねぇよ」
「当たり前だ。とりあえず上がれ。寒いだろ? ドアも開けっ放しだと冷気が入る」
ドアを大きく開けて二人を小屋の中へと導き入れた。
薄い春を迎えたビラ・ホラをしばらく散歩した後、俺たちはヒミンビョルグの山小屋に戻っていた。
山小屋周辺はまだ真冬で極地のビラ・ホラの方が温かく感じるほどだった。しかし、時折トウヒの木に積もった雪が枝を大きく跳ねさせてドサドサと雪を落とす音が聞こえ始めていた。
ビラ・ホラよりもさらに薄いが、万年雪のヒミンビョルグにも春の気配が確かに訪れていた。
昼過ぎには来るだろうと思っていたベルカとストレルカだが、なかなか現れることはなかった。
ヒミンビョルグの山小屋に来てくれとは伝えていたが、何か間違いでもあったのだろうかと思いながら待ち続けていた。
そして、いよいよ夕方になってしまい、夕食の準備をし始めていた。来るかどうか分からないが、あの二人にも夕食をご馳走しようとことになった。
それからジャガイモとバターの焦げる匂いが漂って、山の斜面に見えていた雪も白から青くなり始めた頃になって二人はやっと顔を出したのだ。
山小屋に入り上着を脱ぐと、セシリアの様子をちらりと覗った。そして、他のことに夢中になりこちらを見ていないことを確認すると「ホレ」と鞄の中から人形を取りだして渡してきた。
人形は以前持ち出してきたときのようにのボロボロの状態ではなく、泥や埃は落とされてチリチリとほつれていた髪もとかされて綺麗な金色になり、汚れが詰まって鈍くなっていた青い瞳も輝きを取り戻していた。
どうやら綺麗にするために時間をかけてくれたようだ。しかし、着ていた服は泥や埃は落ちていたが、ボロボロのままだった。
「綺麗にしたんが、お召し物はちょっと無理だったぜ。オレもストレルカもセンスがねぇからな」
「いや、充分だ。結構時間かけてくれたみたいだし、いくらだ?」
「手間賃込みで二百エインだ」
「安すぎだ。送料にもならないぞ。少なくとも百倍は取っていい」
「いんや、オレたちが受け取るのはそれだけだ。お前が押しつけたとしても、散々逃げ散らかしてるのにまだ支払われているアニエス中佐殿のお給料にぶち込んで突っ返すぜ?」
アニエスの方を見ると、ビクッと肩を揺らした。そして、知らない知らないと困った顔で首を左右に振った。




