スプートニクの帰路 第九十話
「空席の女王様の立場はこれからどうなる?」
「前も言ったろ? セシリアは客寄せパンダ。
言い方は悪いが、それしか出来ないわけではなく、それだけで充分だった。
そのおかげでブルゼイ族は再び一カ所に集まり、スヴェンニーとの間に何百年もあった理由も忘れられていたしがらみも取り除かれて、結果的にルスラニアは王国として再び興された。それから後はオレたち次第だろ。
女王は神聖視されるようになるために人前に姿を出さなくなる。
やることといやぁ、デカくて洒落たバカみたいに高価な帽子被って、希に式典に出て三分くらい手を振るだけだ」
「それには女王が必要じゃないか」
「ぬかせよ。影武者に決まってんだろ」とチェアに再びもたれ掛かりながらベルカは言った。
「女王様の代理として、放浪していたブルゼイ族の孤児の中で、歳は同じくらいで背格好の似ている健こ……女の子を探し出して変装させるらしい。
参加する式典でも顔が見えないようにするらしいぜ。
後々バレたら問題になりそうなこったが、そうするしかねぇんだ。それから、あぁまぁ……、そんなもんだ」
ベルカは歯切れ悪くそう言った。
セシリアはもう長くない。あり得ないが、もし万が一にもセシリアが女王に復帰したとしても、今後その影武者は必要な存在になるだろう。
ルスラニア王国は王国。王は存在しなければいけない。影武者との交代が早まっただけなのだ。いずれはその子が本当の女王になっていくのだろう。
それを知るのは一部だけだ。これから何代も繰り返されれば、いずれ消えていく真実だ。
ベルカは「な? どうにかなったろ?」とやや高い声になった。
「その子もまたセシリアみたく孤独にされるのか?」
「それはどうだかなぁ」
自分たちの孤独をまた誰かに押しつけたのだろうか。
俺たちはセシリアを孤独にしたくないと言う理由で連れ出した。影武者が立てられる可能性について全く考えていなかったわけではない。
影武者がセシリアの置かれた状況に追いやられるかもしれないというのももちろんだ。
影武者が立ったことで、セシリアの孤独はその人に押しつけられた。セシリアの犠牲を回避する為に誰かを犠牲にしたとなる。
それでは俺たちがしたのは、北公がルスラニアを守る為にしようとしたことの延長でしかない。
誰かの救済や犠牲の排除ではなく、犠牲者のバトンをただ回しただけなのだ。
それも、国やそこに住む民のためという大義ではなく、ただ可哀想という個人的な願いの為だけに押しつけたのだ。
「おい」と言われ肩を揺すられた。右肩にはベルカの大きくて硬い掌が乗っていた。
手を見た後、ベルカの顔を見る、何やら心配そうな顔をしていた。
「気にしすぎんな。何にも出来なくなるぞ。少なくともオレたち近衛軍はそのガキを孤独にはしない。
なぁおい、オレを誰だと思ってるんだ? その近衛軍の将軍だぞ? 上層部も徹底的な隔離はしない決定をした」
そして、安心させようとしたのか、語気を強めて俺にそう言い、乗せていた掌を浮かせて二回ほど強く叩いてきた。
「お前らがしたことが悪くないかって、そんなことはねぇ。だが、プリャマーフカにとっては良いことだし、お前らをけしかけたのはオレたちだ。
お前らも幸せなのは見てれば分かる。悪いのは誰かじゃなくて、時代のせいなんだよ。
それによ、女王の最……、女王の願いを叶えるのはかつてのブルゼリアでは慣例だったらしいからな。
ばーさんの作り話かもしれないがな」
「そうか。すまない。色々と世話になってるな」
顔を上げて鼻から息を吸い込み、続けて「ありがとう」とつぶやいた。
 




